どこまでも果てなく、堕落の道を歩みたい二児の母のブログ

好きな音楽や子育てのことなどをイラストつきで日々記録します。

大通公園と道新ホールの話

東京生まれ・東京育ちで、札幌移住後初めての夏を過ごしている夫に「札幌の人はビアガーデン好きだねえ。」と言われました。なんでも、先週は毎日飲み会が入っており、そのほぼすべての会場がビアガーデンだったそうなのです。

ビアガーデンといえば大通公園のものが有名なので、今シーズン一度は行っておきたいのですが、行ったらちょっとしんみりしてしまいそうです。何故かと言いますと、オリジナル・ラブのライブが行われた道新ホールが大通公園に面しているからです…(かなり深刻なたじロス)。

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思い出に浸って泣きそうでプルプルしています。

 

道新ホールというのは道新ビルの最上階にあるホールで、ビル自体は色気も何もない普通の角ばった無機質なビルです。入り口も、青地に白で「道新ホール」と縦書きされた看板がくっついているだけで、派手さは全くありません。

なので、その近くを通るたびに「ここであんな激しいお祭りのようなライブが行われていたなんて…!」と思います。

そして、ライブ前の緊張して胃が痛くなる感じや、開演直前に照明が落ちて真っ暗になったときの心臓が口から飛び出してきそうなほどのワクワク感、一曲目の前奏が始まった瞬間に観客席の興奮が一気に高まったこと、田島貴男さんの歌声が聴こえてきたときに全身に鳥肌が立ったこと、ステージの照明が点いて明るく照らされた田島貴男さんの姿はぼんやりとしか見えなかったことなど、いろいろ思い出すのです。ある曲が演奏されているときに泣いていた隣の女性のことや、まだステージが真っ暗なときに「田島あーーっ!!」と叫んだ男性のことも。

叫び声といえば、東京のライブでは私の右の方から女性の「貴男ーー!!」という叫び声が聞こえました。それも二回。これは勝手な印象なのですが、昔からのファンの方ほど「貴男」と呼ぶ方が多いような気がします。そのため、「貴男ーー!!」とその女性が田島貴男さんの名前を呼んだとき、きっとその方はずっと前から田島貴男さんのことを好きで応援してきたんだろうな、そういう方は今日のステージをどのような気持ちで観ているのだろう…きっと、ファンになって数ヶ月の自分にはわからない境地に達しているんだろうなと考えてしまいました。

活動歴が長いミュージシャンには応援歴の長いファンがついているので、ライブの雰囲気がどこかあたたかいのではないかと思います。実際、オリジナル・ラブのライブのMC中にもそのような空気が漂っていました。

 

あー、たじロスが露呈してしまうのでライブの話は書かないようにしていたのですが、一度書いてしまうとだめでした。いろいろ書きたいことが湧いてきますね。

こうなったら、あえて次のライブのことを考えるようにします!

というわけで。

 

田島貴男ひとりソウルショウ@札幌まで

あと 74 日!(久しぶりのカウントダウン。)

続・バスでの出来事(完結)

昨日の記事(こちらです。↓)の続きです。

butakosan.hatenablog.com

三行でまとめると

「バスの中で大暴れする男児

それをコントロールできない母親

ぶた子、スコップを掴んで注意する」

ということになるのですが。

 

学生時代であれば、

「あのクソガキ、親の言うことは聞かないし他の乗客に迷惑かけるし、ふざけんなよ!」

と怒っていたと思います。青二才ですね。
それが学校を卒業して働き始めて以降は、

「クソガキはクソガキだけど、親のしつけがなってないんじゃないの?」

という見方をしていたと思います。冷たいですね。

そして自分に子どもができ、その子の第一次反抗期も経験した今。

初めて、

子どもは親の思惑通りになんて動いてくれない。あの母親は公共交通機関の中でできることはすべてやって子どもを止めようとしていた。母親を責めるのは酷だ。

そしてあの男児は正直可愛げがなくてイライラするけれど、もしかしたら事情がある子どもなのかもしれない。」

と思うようになりました。


かつては「親の言うことを聞かず他の乗客に迷惑をかける子ども」と「自分の子どものしつけができておらずコントロールできていない母親」という風に子どもと母親を別々に独立したイメージで捉えていたのですが、子どもを持つ母親の立場になって「(どういう事情があるのかはわからないけれど)自分の子どもが今現在コントロールできない状態で暴れており、そのような子どもの保護者としてリアルタイムで非常に肩身の狭い思いをしている母親」という、子どもと母親が相互に結びついた形で捉えることをするようになったのです。

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実際、あの母親は一生懸命だったと思います。男児の態度は怒鳴りつけられたり、あるいはげんこつや平手打ちされたりしてもおかしくないくらいひどいものでしたが、そういったことはせずに、抑えた口調でなんとか言い聞かせようとしていたのです。私には到底できません。
実は、男児のスコップを振り回しての抵抗ぶりや母親を殴る様子、見ず知らずの他人に向かって唾を吐きかける動作をすることから、尋常ならざるものは感じました。ひょっとすると何らかの診断名がつくような子なのかもしれないと思いましたし、ちょうど児童虐待に関する漫画を読んだ後だったので、「監護者から暴力を受け続けた子どもは大人から暴力を引き出す言動が得意で、暴力を振るわれることで安心する。なぜなら、暴力を振るう者と暴力を振るわれる者という関係性しか知らないためである。」(要約)という記述を思い出し、もしかすると誰かから暴力を振るわれていた・あるいは振るわれている子なのかもしれないとも思いました。

 

ただ、それはあくまでも私の頭の中での仮説にすぎず、真相はわかりません。

 

男児がたとえばもし何らかの事情がある子どもだったとしても、あるいは特に事情はなくて普通より粗暴なだけの子どもだったとしても、あのとき私に対して「すみません。」と謝罪した母親に対して何と返事をするのが一番よかったのか…。

「大変ですね」というのは本心ですが、口に出してはいけない気がするし。

「お母さんがんばってますね」では、どこから物言ってんの?というくらい上から目線だし。

無言で怒りっぱなしに見える態度というのは一番避けたいし…。

 

あの母親には、「ひとりで大変な思いをしなくても大丈夫だよ、小さい子どもが言うことを聞かずに暴れだしたら大変だよね、わかってるから大丈夫だよ」という気持ちを伝えたかったのですが、それはとても難しいことだとは思います。

やっぱり、なんともいえない表情で「いえ…」と言うしかなかったのでしょうか。

数日経った今でもわからないのです。

バスでの出来事

先日、ゆきまる(娘・4歳)にくまる(息子・1歳)と一緒にバスに乗っていたときのことです。

 

9時台のバスにはお年寄りの乗客が多く、会話している人はほとんどいません。そんな静かなバスに、40代と思われる母親と、片手に柄の長さが40cmくらいあるプラスチックのスコップを持った5、6歳の男児が一緒に乗ってきました。

バスのステップを上がるときから男児の大声が車内に響き渡ります。静かにしなさいと何度も注意を繰り返す母親。無視するか、「やだー!」と叫ぶ男児

そのうち男児は、『きらきら星』を大声で歌いだしました。英語で。とても良い発音でした。うるさいからやめなさい、迷惑でしょと注意する母親。反抗する男児

車内の空気が緊迫してきます。

 

バスが揺れるので、「空いている席に座りなさい」と母親が男児に言いますが、「やだ」と言ってスコップを振り回す男児。「言うこと聞かないと次のバス停で降りるよ」と脅す母親。無視する男児。本気で降りるはずなどないと見抜いているのでしょう。

ちょうど私たちの前の一人がけの席があいていたのですが、結局そこには母親が座り、男児をその椅子に捕まらせようとします。その手を振り払う男児。車内にはすこしずつ乗客が増えてきています。そんなことはお構いなしに大声を出す男児

空席がひとつもなくなり、通路にも乗客が立ち始めました。狭い通路をバスの後部座席の方に向かって歩いてこなくてはいけない乗客は、通路の真ん中にいる男児を迷惑そうに一瞥していました。

 

母親は力ずくで男児を捕獲し、抱きかかえました。そんな母親をかなりの力で、右の拳と左の拳で交互に殴る男児。それを防御する母親。攻防が繰り広げられる間に乗車した際に取った整理券は床に落ちてしまいます。「整理券落ちてますよ」。私の斜め後ろに座ったおばあさんが声をかけました。「すみません」と言って母親が男児に拾うように言いますが、「拾うわけねーだろ」と答える男児。なんとかして自分で拾った母親。しかし男児から殴られている間にまた落としてしまいました。先ほど声をかけてくれたおばあさんが見かねて拾い、母親に手渡します。母親はすでに余裕がなくなっていて、男児の身体を拘束することに精一杯です。それをわかっているのか、男児は通路の方に身を乗り出し、片手に持ったスコップで、男児に背を向けて立っている女性のお尻を突き刺そうとしています。気づいて慌ててやめさせる母親。暴れる男児。それが数回繰り返されます。車内の緊張感は高まっています。

 

母親が疲れた表情で一瞬窓の外を見たそのときでした。

男児がまたもスコップを女性のお尻に近づけたのです。今度はかなり素早く、勢い良く。

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「危ないよ!!」

 

ハッとしてこちらを振り返った母親は、「すみません。」と言いました。「いいえ…」。大丈夫だあなたは十分がんばっている、わかってる、子どもが自分の手に負えないときがあったって仕方ない、そんな気持ちで笑顔を作ったつもりでしたが、ひきつった笑い顔しかできませんでした。そんな私を男児が睨みつけ、「ペッペッ」と唾を吐きかける動作をしてきます。「注意してくれてありがとうございますでしょ!」と叱る母親。再び唾を吐きかける動作をする男児。私は窓の外を眺めました。

 

バスが目的地に到着し、降りてゆく私たちに母親が頭を下げました。私も会釈しました。

 

 

…という出来事がありました。

 

 

この件については、本当にいろいろと考えさせられました。考えた内容については明日続きを書こうと思いますが、今でさえ、スコップを手で押さえつけた私に申し訳なさそうに「すみません。」と謝罪した母親に対して、果たして何と返答するのが最も良かったのか、それが未だにわからないのです。

 

明日に続きます。

形成外科 その四(完結)

数年前に現れ、日に日に存在感を増してきていた憎きシミをレーザーでピシピシっとやってから2週間。(こちらの話の続きです。↓)

butakosan.hatenablog.com

医師「じゃあ見せてね。おっ!?おおお!!いやいいねー最高だね!!

ぶた子「は、はあ」

お医者さんの爽やかな笑顔とテンションの高さにやや困惑します。距離が近い近い!

医師「いやー素晴らしい!!最高。

ぶた子「そうですか!ありがとうございます。」

私が最高というよりはお医者さんの腕が素晴らしいのだと思うのですが、最近なかなか褒められることもなくなっているので、なんだかとても良い気分になってきました。

まだ周りの皮膚よりはピンクがかっているものの、メイクすればまったくわからない程度になっているので、これでやっと気にせずに外出できるようになったのねと思った矢先。

医師「このシミがあったところね、もう軟膏と絆創膏はいりません。で、これから黒くなるからね。

ぶた子「えっそうなんですか!?

医師「そうなの、一度黒くなって、それから普通の皮膚と同じ色になるんだよね。そうならないでこのまま周りと同じ色になっていく人もいるんだけど、黒くなる方が多いのでなると思っていた方がいいね。」

な、なんとーーー!!

しかも、これから1ヶ月間はきちんと遮光できる日焼け止めを1日3回塗らなくてはいけないというのです。なんでも、レーザーを当てた箇所は日光による色素沈着を起こしやすいのでそれを防ぐためというのがその理由ですが、軟膏を塗って絆創膏を貼るのを1日2回行うとか日焼け止めを1日3回塗り直すことが必須だとか、いい加減な性格の人にはこのレーザー治療は向いていないなあと思ってしまいました。

 

頼むから色素沈着しないでね、できれば黒くもならないでね。そう思いながら日焼け止めを1日3回塗ること1か月。結局、黒くなることはありませんでした。(ラッキー!!)

今や、かつてシミのあったところを見ても一体どこにどのくらいの大きさのものがあったのかわからないほどに跡形もなくなっています。

鏡を見るたびにちょっと暗い気分になっていたのが、もう髪の毛で隠す必要もないのだと思うと楽しくて仕方がない毎日です。

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さて、このようなプロセスと結果を念頭に置いていただいた上で、治療にかかった代金を発表します。

ルビーレーザーでの治療、5400円也。(1cm✕1cmの中に入る大きさだったため。面積に応じて値段が上がります。)保険がきかないので自費です。

この金額でこんなに満足感を得られるなんて、もっと早く治療してもらえばよかったなと思っています。

 

帰り道、エレベーターで同じ形成外科を受診したおばあさんと一緒になりました。

おばあさん「あら、お子さんどこかお悪いの?」(※にくまるを抱っこしていたので、にくまるが治療を受けたと思われたようです。)

ぶた子「ああ違いますよ、私のシミの治療です!」

おばあさん「あらあなたの?どこにシミがあったの?」

驚いた表情で聞いてくるおばあさん。興味津々なご様子です。

ぶた子「ほら見てくださいよここ、ここにあったんですよ。」

おばあさん「はえー、全っ然わからないわねえ!すごいわー!あの先生、男前だし優しいし腕もいいし素敵よね。実は私もシミをとりたいと思ってるの。ここ見て、このシミよ。」

ぶた子「そんなに目立ちませんが、もし気になるようでしたら絶対オススメしますよ。レーザー自体は痛くないし、その後の軟膏を塗って絆創膏を貼るなどの作業は大変ですけど、それだけ大変な思いをしてでも受ける価値のある治療だと思います。」

おばあさん「それで明るい気持ちになれるならやったほうがいいわよね。あなたよかったわね!よし、私も今度先生に相談してみることにするわ!」

ありがとう!と笑顔でお礼を言っておばあさんは足取り軽く去って行きました。

 

「そんなに目立ちません」と言いましたが、そのおばあさんの頬には大小たくさんのシミがありました。そのため、一体どのシミが気になっているのか本当はわからなかったので、「そんなに目立たない」という言い方をしたのです。

けれど、「そんなに目立たないから別に気にしなくてもいいんじゃないかな?」と思いかけて、その言葉こそがレーザー治療を受ける前の自分にとって一番モヤモヤするものであったことを思い出しました。

 

おばあさんのレーザー治療が成功することを願っています。

そして、自分もあのおばあさんと同じくらいの年齢になっても、自分の肌をきちんと気にして小奇麗であろうと努力する女性でありたいと思いました。

若さの秘訣

ゆきまる(娘・4歳)の体操教室4日目。
授業が終わってお昼ごはんを食べているときのことです。ゆきまるがすこし照れた表情で話しかけてきました。


ゆきまる「おかあさん、ゆきまるね、よっしー先生(※先生のニックネームです。)のこと好きなの。でもね、よっしー先生には内緒にしてるの。
ぶた子「へっ!?」


突然の告白に面食らった私は聞きました。


ぶた子「どうして内緒にしてるの?本人に好きって言ってもいいと思うけど。」
ゆきまる「ええー恥ずかしいなあー。」


そう言ってモジモジしながら笑うゆきまる。かわゆい。(親バカではない。)


なので、本人の承諾を得て、ちょうど通りかかったよっしー先生に声をかけました。


ぶた子「よっしー先生ですか?」
よっしー「あっ、あ、はい…?」

(※よっしー先生、私に話しかけられて怯えたり身構えたりするのはやめてください。怖くないよー怖くないよー。)
ぶた子「娘がよっしー先生のこと好きだって言うんですよー。」
別の先生「そうなのかあ!ゆきまるちゃん、よっしーに抱っこしてもらえ!」


笑顔でゆきまるを抱っこしてくれるよっしー先生。嬉しいのを堪えてカレーパンマンみたいな口になっているゆきまる。

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抱っこから降ろされて、「また明日ね。」と頭を撫でられていました。

 

スポーツクラブを出ると。


ゆきまる「おかあさんおかあさん。」
ぶた子「ん?」
ゆきまる「ゆきまる、よっしー先生のことちょっと好きだったんだけど、抱っこされてもっと大好きになっちゃった。


ぐおおおおお!!!
なにこの嬉しそうな娘。胸キュンなんですけどおお!!!


そうだよねえ、誰かのこと好きになるのって嬉しいことなんだよねえ。
でもさあ、年を重ねるにつれて、素直に喜べなくなるのってなんでなのかなあ?
相手が自分のことどう思ってるかわからないしとか、友だちだったのに好きになられたら迷惑かもしれないとか、全然しゃべったことないのにとか、気持ち悪いと思われたらどうしようとかいろんなパターンが考えられるけど、そういう余計な要素が「好きになって嬉しい」という気持ちを邪魔するんだよね。
誰かを好きになることが怖いような気持ちになんてならなくていいのに。
本当は、相手が自分をどう思っているかはどうでもよくって、まずは自分が相手を好きなんだという気持ちこそが大事なんだよね。
それを、4歳の女の子に教えられました。
私はもう恋愛市場に打って出ることはない(だろう)けれど、なんだか人を好きになることの原点を教えられた気分です。

 

その後、同じ町内に住むおじいさんと道で遭遇しました。90歳目前なんて信じられないくらい若々しい方です。この方は私の母のことを相当気に入ってくれている(というか端的に言えば好きだと思います。どうこうしたいとかではなくて異性としてタイプなのだと思います。)のですが、今日照れくさそうな笑顔で言われました。


「いやあ、あなた本当にお母さんにそっくりですねえ。えへへ。


ああそうか。
この人の若さの秘訣はこれか。
約60歳も年下の異性に対して関心があることを微塵も隠そうとしない。
気持ち悪いとか、何このじいさんもう枯れなさいよなんて思わず、ただただ感心してしまいました。


「わ、わわ、ワシはもう、女性に興味が、もも持てないのじゃよ…。」(プルプル)


という姿勢であってはきっとこの若さを維持できないのだろう。

それならば、私もスポーツクラブで若い先生のことをチラ見することを恥じないでいよう!
昔からかなりの年上好きだったのですが、今は若くてもいい。
もう全方位OK。素敵かどうかに年齢は関係ない。

 

素敵な人を素直に素敵と思える気持ちは大切にしていきたいと思いました。

靴を磨いた話

ゆきまる(娘・4歳)の体操教室も今日で三日目を迎えました。

今日も今日とて若い男性コーチの肉体をチラ見していたのですが、あるコーチが側転を実演したときにTシャツがみぞおちくらいまでめくれていて、「キャッこれ見ちゃだめなやつ!じゃなくって見ておかないといけないやつ!!え、ちょ待ってそれじゃ私ただの変態じゃん!!!」と取り乱しながらもしっかり凝視しました。(完全に変態。)

 

日岡村ちゃんのイラストを描いて思い出したのですが、Twitterのフォロワーさんの中にはベイベ(=岡村ちゃんのファンのことをこう呼びます)の方がかなりいらっしゃるので、タイムラインにはベイベさんたちのディープなツイートが連日&終日流れています。(これのせいで図らずも岡村ちゃんをちょっとずつ好きになってきてしまっているのですが、その話はまた後日改めていたします。)

そのディープなツイートたちの中で印象的だったのが、

『次の中から1つ選ぶならどれがいいか?

1.DATE全回通う

2.DATE毎回神席

3.岡村ちゃんと結婚する

4.岡村家の猫になる』

このような質問と、これに対する回答です。(この質問からしてどっかおかしいとか、いい大人がこんなことを真面目に考えるのがおかしいとか言う奴もうgood nightしてください。)

このツイートをされたベイベさんはですね。

4を選んでいたんですよ。

泣けましたね。

理由がまた泣けるの。

「4なら、ずっと一緒にいられるから。」

グスン…。ティーンエイジャーの私なら間違いなく3を選んでいましたが、そんな自分に「この青二才めが。」と言いたくなります。

結婚してしまうといろいろ見えてきますからね。ずっと一緒にいられないリスクだってありますよね。

 

うちは結婚して今年で7年になりますが、もちろん良いことばかりではありません。

交際しているときと結婚してからで一番大きく、かつ重大な変化だと思ったのは、喧嘩した時に逃げ場がなくなることです。付き合っている相手となら、お互い頭を冷やす間ちょっと会わないでおくということができますよね。それが結婚してしまうと、ブルジョワではない故、狭い家の中で顔も見たくない相手と毎日顔を合わせなくてはいけないのです。いかにも機嫌の悪そうな顔をした相手と。そのため、和解成立までのなんともいえない時間をやり過ごすテクニックが自然と身についてゆきます。

 

私の母は、父とケンカしても家事は手を抜かない人でした。喧嘩して腹を立てていることを理由に家事を放棄することで自分に落ち度を作りたくないというのがその理由だったように思います。自分はあなたに腹を立てているけれど、あなたに対してやるべきことは果たしていますよと言える状態でいたいのでしょう。これは私も同じです。なので、夫婦喧嘩中であっても食事も作るし洗濯もします。靴も磨きます。もちろん内心は「なんであんなやつの靴なんか磨かないといけないんだ!」と思っていますよ。しかし磨くのをやめるわけにはいかないので、そういったときにはそのときに一番マイブームの人の靴を磨いていると妄想してモチベーションを上げることにしています。

「今日は綾野剛の新作映画の舞台挨拶…マスコミも大勢来るのに靴が汚れていたらカッコ悪いでしょ?いや、それどころかニュースになってしまうかもしれない。“綾野剛、多忙で靴もボロボロに?!”みたいな見出しがYahoo!トップページに載ってしまうかもしれない。ひゃーそれだけは困る!できるだけ丁寧にピカピカにしなくちゃ。綾野剛もきっと、『ぶた子さん、ありがとう。』と言ってくれるだろう。笑顔で。ちょっとはにかみながら。くうーーーたまらぬううう!!!(興奮)」

ここまでくると憎きあんなやつのことは脳裏から綺麗サッパリ消え去っています。そして、なんとなく仲直りすると。

 

詰まるところ何を言いたいかというと。

 

妄想。それは平和と秩序維持のために欠かせないもの。

 

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続・Twitterというもの

春からずっと楽しみにしていたオリジナル・ラブのライブ。もう3週間以上前の出来事になってしまいました。

完全にたじロスでしんみりしているのに、次にたじまんのライブに行けるのは『田島貴男ひとりソウルツアー』札幌公演の行われる10月15日なのです。あれーあと2か月以上もある!!!

ですが。Twitterを見ると毎日タイムラインにたじまん情報が流れてきて、どうしたってたじまんの名前が目に入ってくるわけです。

…あれ、私この感覚知ってる気がする…いったいなんだろう…?

ずっと考えていたのですが、さっき晩ご飯を作りながら思い出しました!

これは、

「好きな人(別のクラス)に告白したらふられてしまって、しばらくは会うことができないってわかっているのに、同じ学校にいるからどうしても姿が目に入るし情報が耳に入ってきて意識してしまう。」

というあの感覚に似ているのだ。(もちろん実体験です。)

だから何だという話なのですが。

ブログの開設とほぼ同時にTwitterのアカウントを開設して、早3か月弱が経過しました。

フォローさせてもらっている方も100名を超え、数名の方には先日のオリジナル・ラブのライブでご挨拶させてもらいました。まだお会いしてはいない方に対しても、コメントのやりとりをしている中で親しみを感じるようになっています。

 

以前にも一度書きましたが、私はアンチTwitter派でした。

butakosan.hatenablog.com

確か、交通事故などが起きた時に現場の写真を撮ってツイートする若者が増えているということをニュースで知ったのがきっかけで、良くない印象を持つようになったと記憶しています。

そしていつしか、自分が試しに始めてみてすらいないのに、「リアルで話し相手のいない寂しい人が熱中するものだ」「顔も知らない相手と友情なんて築けるはずがない」と思い込んでいたのです。

 

ひどいですね。根拠なき決めつけです。

 

まずひとつめ、「リアルで話し相手のいない寂しい人が熱中するものだ」という思い込み。

私は数か月前からオリジナル・ラブにハマっているわけですが、それをリアルで誰かに話すとなると相手は夫・両親・弟・ママ友さんくらいしかいません。あとはLINEで友だちに話すか。

けれど、それって相手からしたら迷惑なことではないでしょうか。

相手もオリジナル・ラブを好きならいいですよ。でも、自分の親しい人がオリジナル・ラブを、自分と同じくらいの熱量で好きである確率はとても低いと思うのです。(実際、私の周りにはひとりもいませんでした。…。

それならば、Twitterオリジナル・ラブを好きな人を探して、そういった人たちとコメントのやり取りをするのが一番良いと思うのです。

誰も嫌な思いをしません。

毎日毎日興味のない話をされる人も、その話全然興味ないという顔をされる人もいない。

みんなハッピー。誰も不幸にならない。

このことは、リアルでの話し相手の有無とは全く関係がありません。

むしろ、リアルでの話し相手との関係を良好に保つためにとっている方法という側面もあるのではないでしょうか。

(と言いつつ夫や一部の友だちにはしっかりたじまん話を聞いてもらっている奴、それが私なのですが…ありがたやありがたや…。)

 

長くなったので続きます。

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Twitterを始めたことでかなり好きになってきた岡村ちゃんの絵を描きました。