どこまでも果てなく堕落の道を歩みたい二児の母のブログ

ああでもないこうでもないと考えたいろんなことをちょこちょこ記録します。

テレビに出た。

13年ぶりに筋トレ・有酸素運動・食事制限を組み合わせた本気のダイエットに取り組み始めて2カ月。

運動をすることや食べ過ぎないことが習慣になってきて体重は約2.5キロ減りました。お腹周りと太ももの肉がすこし減った反面、二の腕はなかなか細くならないんだなぁ。でもまぁ一生懸命頑張ったからこれで納得して腕を出せるぞ。

 

コロナ疲れとダイエットのストレスがピークに達したので、大阪に住む友人たちに会いに行ってきました。

出発は6月19日の朝。県をまたいでの移動が解禁になったまさにその日です。

新千歳空港は閑散としており、客が極めて少ないのに地元テレビ局がいくつか取材に来ているというとても奇妙な光景でした。

手荷物検査場の前でリポーターの女性に「こんにちは」と話しかけられたので返事をしました。すると、挨拶だけのつもりが既にカメラが回っているではないの。観念してインタビューを受けました。せっかくなので親に「今日のお昼頃のニュースに出るかもしれない」とLINEしたところ、ローカルニュースを録画しておいてくれました。

翌日夜に大阪から戻ってきたので、さっそく番組を視聴。

前半、就活で東京へ行くという若い女性がインタビューを受けています。

「これから東京へ行きます。就活で。

なんかこういう状況で行っていいのかなというのはあるんですけど、少しうれしいです」

後半。私。

「きょうは大阪に行きます。学生時代からの友達に会いに。ウヒャヒャ!(※ウキウキが抑えられず笑っているのがマスクをしていても明白)

ハメを外しすぎないで、ちょっとセーブしていかなきゃという気持ちもありますし。ウフフ。(※もう笑いが堪えられていない)」

 

おーーーい、なんじゃこの編集はーーーー!!!

 

不要不急度のコントラストがすごい。

 

これだけ見た人は前半のお嬢さんと比較して後半の女はチャラチャラしてんなーと思っただろうな。

でもね、本当はこの4倍くらい喋ったんです。

「いつ収束するのか先が見えない状況でいつまでも移動しないでいるというのは現実的ではないので、これからは各自が自衛しつつコロナウイルスとうまくつきあっていくしかないと思います。」

とか、

「友達とは集団でなく一対一で会います。対面ではなくカウンターに座るなどの工夫はする予定です。」

とか、ほかにもいろいろ。

こういうのは、ニュースからは全く見えないんですよね。

 

報道はこういう意味でちょっとだけ怖いなと思った出来事でした。

目に見えているものだけがすべてではないというのを常に意識して過ごさなくては。

大人の階段登った。

6月になりました。

1日月曜日から小学校も幼稚園も再開し、子どもたちが一応は登校・登園してくれて、やっとすこしずつ日常が戻ってきたような気がします。

とはいえ小学校は時差登校で日によって家を出る時間がバラバラ、幼稚園は週に2日ほど休みの日がある現状。家族の予定は複雑すぎてバタバタしているのに自分自身の予定は減ってしまって(※心待ちにしていたライブが軒並み公演中止になってしまったため。)、チケットの払い戻し手続きを済ませるたびにちょっとしょんぼりしている今日この頃ですが…

 

明後日6月6日(土)は田島貴男さんと木暮晋也さんのオリジナル・ラブ生配信ライブの日!!!

 

今はこれを心の支えに過ごしています。

今年新型コロナウイルスが大暴れしなければネット上で生配信ライブを観るという経験もしなかったろうなと思うと、新しい扉が開いたということでこれはこれでよかったのかなという気持ちにもなっています。

年をとって新しいことを覚えるというのはなかなかエキサイティングな体験なのですよね。

 

年をとって新しく知ったことといえば。

知り合って間もない人に年齢を聞かれた時の返し、

 

「幾つに見える?」

 

というやつ。

若い頃は「そんな相手が困ることをなんでわざわざ言うんだ…?」と疑問に思っていたのですが、30歳を過ぎたくらいからついついこのセリフを言いたくなっている自分に気づくことが増えてきました。そうか、私が出会ってきたおばちゃんたちはこういう気持ちだったんだね。

でもこの言葉を口に出すのはなんとか自重しています。言いたいけど。言ってしまったらもう引き返せない気がする。

 

 

そしてつい先日、自転車で出勤する途中の出来事。

信号待ちをしている最中に目の前を横切っていった車の運転手さんの横顔を何気なく見た瞬間。

人生で初めて思いました。

 

「夫の若い頃に似てる…!!!」

 

若くてピチピチのイケメンを見て

 

「おじいさんの若い頃にそっくりだわぁ♡」

 

などと言い出すおばあさんがたまにいますが、その気持ちが生まれて初めてわかりました。

 

 

でも。

 

私まだ35歳なんですけど。

 

 

 

気持ちがわかっちゃうの早くない?

物には言い方ってもんがあるんだよなぁ。

札幌もついに緊急事態宣言が解除されました。

とはいえ、小学校も幼稚園も今月末までは臨時休校・休園。来月頭からいよいよ再開するものの、当面は小学校が時差登校、幼稚園は午前保育となる模様です。

それでもね…

ああーーー、やっと、やっとか…………!(言葉にならない)

と思います。心から。

でもなんだろう、終わりが見えてくると、しんどい子どもとの生活もこれはこれでけっこう良かったかもしれないなぁなんて思ってしまうもので。

家の隣の公園に行ったり、ホットケーキを焼いたり、お菓子を作ったり、お昼寝したり。夏休みや冬休みですらこんなに親子で長時間過ごすことはもうなかったなぁ。

家の外では密を回避し続けたけれど、家の中では子どもたちと密に関わった数カ月でした。

 

そんなある日のこと。

職場にて、興味深い出来事が起こりました。

とある特殊な商材を扱う会社の事務をやっているのですが、お客様から商品についての問い合わせがあった際にはすぐに営業マンにつなぐことになっています。そのため、取扱商品についての知識はあまり有していませんでした。

すると職場の先輩(A氏)にこう言われたのです。

 

A先輩「ぶた子さんさー、うちで扱ってる商品くらい覚えなよ。お客さんに聞かれて答えられなかったらぶた子さんが恥ずかしいでしょ。」

私「はあ…」

A先輩「はい、じゃあこれの名前は?」

私「〇△浄水器。」

A先輩「型番は?」

私「…知りません。」

A先輩「ブブーーッ!!!」

私「(^^)」

うーん、覚える気はあるんですけど、具体的にどの程度の知識をインプットすれば良いですか?」

A先輩「そんなのそこに現物置いてあるんだから見て覚えりゃいいじゃん」

私「(^^)」

 

その後、別の先輩(B氏)にもたまたま同じことを言われました。

 

B先輩「ぶた子さん。もしできたらうちで扱ってる商品を覚えてみたらどうかなぁ。

お客さんはぶた子さんと話したらきっと買う気になると俺は思うよ。」

私「…わかりました。頑張ります。」

B先輩「とりあえず、会社のHPに商品情報のページがあるから。そこに載ってる情報をまずは覚えたらいいんじゃないかな?写真もあってわかりやすいしね。」

私「ありがとうございます。」

 

なんだろうこの違い。

 

B先輩が頼りになるのは言うまでもないのですが、A先輩も悪い人ではないのです。

ただ、A先輩もB先輩も私に同じことをするように促しているのに、その言い方はまるで違いました。

どっちの言い方をされると素直にやる気になるかということですね。

 

子どもを育てている者として、A先輩とB先輩のアドバイスは非常にためになりました。

我が子の能力を信じて、期待しすぎない程度に期待して、どうしたら良いか尋ねられたら具体的で的確なアドバイスをしてあげたい。そう思いました。

どうにかしたい

コロナの奴のせいでいろいろな面で生活が変わったけれど、自分にとって一番大きな変化は親しい人と飲みに行けないことでもひとりカラオケに行けないことでもなく、

 

子どもがずっと家にいること

 

だと思う。

 

特に小学生の上の子。

休校になっているからといって怠惰な生活を送らせるわけにはいかないので、学校の時間割通りに過ごすことにした。読書させたり、勉強させたり、暖かい日には「体育」「生活科」ということで公園へ連れて行ったり…

学校が再開したときに子がスムーズに日常に戻れるよう、自分なりに頑張っていた。

日に何度も勃発するきょうだいげんかの仲裁もしつつ。

 

…え?

ちょっと落ち着いて考えてみるよ。

普段の家事(ゴミ捨て以外すべて担当)・育児・週に4日の仕事でもそこそこ疲れていたのに、2月末からそれに加えて自分一人で休息を取れていたはずの時間帯にも子の勉強を見たり相手したりでずっと世話をしているということ?息抜きに外出も買い物もできずに?

自分、驚くほど偉すぎない?

いつ休んでるの?どうやってストレス解消してるの?

 

というわけで当然休息時間やストレス解消法などあるはずもなく、イライラしたときには私のサンクチュアリとなっているキッチンに移動し、大学生の頃から使っているパイプ椅子に座りながらお菓子をつまむ日々が続きました。

 

そうするとどうなるかというと。

 

肥えた。

 

待って待って、この二の腕じゃ夏服は無理だよ。

物欲が大爆発してネットで買ったかわいいワンピースが着られないんだけど?

ウキウキな夏希望してるんだけど?

https://www.youtube.com/watch?v=ecalDRGlbP4

松浦亜弥 - Yeah!めっちゃホリディ [PV]

 

 

というわけでダイエットを開始しました。筋トレ・有酸素運動・食事制限の三本立て。ガチなやつです。

まだ始めて一週間なんだけど毎日筋肉痛です。頑張ってるなという実感が湧いてきます。

 

 

札幌が夏服の季節になるまであと約1カ月。

 

自信を持ってあのワンピースを着るんだ…

それで街に繰り出して買い物したりカラオケ行ったり飲みに行ったりするんだ…。

 

それまでに緊急事態宣言が解除されていますように。

こんにちは〇〇ちゃん

コロナの奴がわたくしの平穏な生活を蝕み始めて早3か月弱。

2月まで週に一度ひとりカラオケに興じていたお店は臨時休業中。

スケジュール帳に記入したライブの予定を消しゴムで消すたびに心がすり減り、友達や義両親に会いに行くために予約した航空券をキャンセルするたびに活力がなくなる。

それでも、普段はやらない掃除や片付けなんかをしてみたり、居酒屋さんで焼き鳥をテイクアウトしてみたり、一生懸命コロナ暮らしを楽しんでいるつもりだったんだよ。

だけど、

数日前から全身に謎の湿疹出現

こんにちは湿疹ちゃん。久しぶりだね。前に会ったのは5年前かな。初めて会ったのは17年くらい前だったよね。

原因は

 

ストレス

 

あれは17年前、大学進学のため親元を離れ、生まれて初めてひとり暮らしをしたときのことです。

入学して間もない4月と大学生活にすこし慣れてきた5月はなんとか乗り切ったけれど、6月。これまた初めて経験する「梅雨」のせいで気分が滅入ってしまい、ホームシックも重なって気づけばおしりだけに謎の湿疹が。何故におしり。

おしゃれしても心の中では「こんな格好していますが私ゃおしりがボロボロの女です…」と思っていた記憶が。切ない。

 

そこから12年が過ぎ、5年前。上の子が2歳・下の子を妊娠中のことです。

つわりと暑さでまいっているところに上の子のイヤイヤ期も重なり、毎日文字通りぼろ雑巾のように疲れ果てていた夏。ある朝起きると顔にけっこうな数の謎の湿疹が。今度は顔だけ。

かんしゃくを起こす上の子をなだめつつ大きなお腹で40分歩いてなんとかたどりついた皮膚科でお医者さんに「湿疹ですね」と言われた時は、「うん、それは知ってます」とニッコリしそうになりました。原因を教えてくれえええー。いや、原因の特定が難しいのはわかります。わかりますとも。結局軟膏を出してもらってよくなったような。

 

という具合に過去2回謎の湿疹が出たときのことを思い出して検討してみると、今回もどう考えてもストレスからくるものとしか思えないんだなあ。

外出自粛要請とか飲食店の利用自粛要請とか、「自粛」っていう言葉を使っているけれど実質自由を制限しているのと同じじゃん。

私は常々思っています。人間は生まれながらにして自由を求める生き物なのだと。自由を奪われるのは非常に不快なことなのだと。

 

 

東京での感染者数は減っている模様。(検査数云々の話は置いておいて。)

札幌もなんとか減っていってほしいな。

また自由に出歩けるようになったら遊びほうけてやるーー!

映画『Love Actually』(ネタバレあり)

先日、この映画を観ました。

『Love Actually』(2003)

これは思い出の映画です。

日本で公開された2004年2月当時。好きだった年上の男性とデートする日にちょうどこの映画がやっていて、観に行く?どうする?という話をしたものの結局行かなかったという。で、そのように決めた理由が「付き合ってるわけでもないのに恋愛映画を一緒に観て、ちょっとエッチなシーンとかあったら恥ずかしいから」。

田舎の主婦になった今考えると笑えるんだけど、なんだかわかる気もする。まだティーンエイジャーだったし純粋だったんだなあ。

 

というわけで、非常に有名にもかかわらずまだ観ていなかったこの映画を今回初めて観ました。

 

いやー良い映画でしたね!!!(満面の笑み)

 

ざっくりいうと恋愛・家族愛・友愛などさまざまな“愛”について描かれた作品。特徴としては、何組かのカップルとその人たちをめぐる人間模様をも描く手法ゆえに、個々のカップルがどうして恋愛関係になったのかという描写はどうしても薄めという点でしょうか。

けれどその中で以下のシーンはとても印象的でした。

 

英国人男性がフランス滞在中にハウスキーパーとしてポルトガル人の女性を雇う。けれど男性はポルトガル語を話せないし、女性は英語を話せない。そして男性と女性いずれもフランス語が不得手。必然的にコミュニケーションは必要なときに身振り手振りで行うことになる。

そんな中、ふたりの距離が縮まるきっかけとなる出来事が起きます。これを機にお互い惹かれあっていく男性と女性。そして、ハウスキーパーの仕事を終えた女性を男性が家まで車で送っていくのが恒例となっているのですが、その車中でふたりがそれぞれの言語で自らの想いを言葉にして口に出すシーンがあるのです。このシーンにはハッとさせられました。

 

自分の考えや気持ちを言葉にして伝えるというのは、同じ言語を使う者同士だからこそ(技術面では)容易にできることなのに、実際のところはそうできない瞬間の方が多い気がします。特に気持ちを素直に伝えるなんて大人になればなるほど照れくさかったり恥ずかしかったり怖かったりして、簡単なはずなのになんだかとっても難しい。

その点においてこのふたりは、お互い異なる言語を使う者同士だからこそ自らの想いをストレートに口に出すことができていました。相手に「伝えよう」という意図は薄いのだろうけれど、そうであるがゆえに、心の赴くままただ素直に気持ちを表すための言葉を紡いでいる様子がとても美しく感じられました。

別の場面で出てくる、自分の想いを口に出せない男性(相手の女性との関係性を鑑みるととても言えないという意味であり、なおかつ状況としてもまさに口に出せない=声に出しては言えない)とのコントラストも非常に印象的。

 

最初から最後まで気分よく観られる映画で、すさんだ心にあたたかく柔らかい風が吹くのを感じました。

 

 

なのに

 

 

「そこはもっとグイグイいけ!」

 

「飲みに誘いなさい!」

 

「接吻しろ!!」

https://www.youtube.com/watch?v=wnFGY_NToEI

 

と、私の脳内に住んでいるオッサンがいちいちヤジみたいな声援を飛ばすのには参ったよ。

生であること

田島貴男さんによるベランダ音楽会。Vol.1をリアルタイムで、Vol.2をリアルタイムでなく数時間後に視聴しました。

butakosan.hatenablog.com

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それで思ったのは、

たとえ画面越しでも“生”っていいなということ。

 

すこし前の話になるのですが、救急搬送された晩に親友とオンライン飲み会をしました。

butakosan.hatenablog.com

初めてのオンライン飲み会ということで、数日前からおつまみを買って準備して。

「もう病院から帰ってきたよ。遅れてごめん、21時20分から始めよう」と連絡して、その時間に電話をかけました。

すると、画面に親友の顔。(左上には私の顔が小さく映っています。)

わあああ!!(興奮)

親友とはいつもLINEのやりとりをしているのですが、全然違う。

そして、音声のみの電話ともまた違う。

顔が見えるだけでこんなにも違うとは…。

 

と、このように二つの異なる場面で“生”であることのメリットを実感したわけですが、それらの良さを認識したと同時にその限界にも気づきました。

画面越しでの生配信ライブやオンライン飲み会ではどうしても再現できないもの。

それは「空気」です。

物理的な意味での「空気」もそうだし、「雰囲気」等の意味でもそうだし。

 

オリジナル・ラブ札幌公演の行われた会場のすこしひんやりした空気や、ツアーファイナル・東京会場の湿度が高くじめっとした空気。ペトロールズのライブのまるで会場全体がキラキラ輝きだすような空気や、岡村ちゃんとのDATEで感じる紫色の空気。 

親友と久しぶりに再会して抱き合った時の体温や、知人と飲んだ別れ際にありがとうと言われて握手したときの手の感触、古くからの友達と日付が変わってもダラダラ飲んでいるときのお互いリラックスできる間柄ならではの雰囲気。

これらはすべて、その場を共有していないと決して体感できないものです。

 

 

今年の1月までの私は、田島さんが年に3回札幌に来てくれるのも、そのライブに何の支障もなく行くのも、ペトロールズを近い距離で見られるのも、岡村ちゃんとDATEできるのも、友人知人と好きなときに好きなところで会えるのも、すべて当たり前だと思っていました。 

でもこれからは、

次はない。

そう思ってすべてに臨もうと思います。 

新型コロナウイルスのせいでありきたりな日常がいとも容易く失われてしまうことも、健康なはずの自分が何の前触れもなく突然死んでしまうかもしれないこともわかったので。

 

“生”の何かを体感して生きていることを実感できる、その瞬間を楽しみに今のこの状況を乗り切ろう。そう思う今日この頃です。