どこまでも果てなく、堕落の道を歩みたい二児の母のブログ

好きな音楽や子育てのことなどをイラストつきで日々記録します。

おじいちゃんの話

自分が「ああ親になったんだなあ。」と思うとき。

ずっと嫌いだと公言していた小さい子どもをかわいいと思ったときでもなく、自分の洋服のことを忘れて子どもの洋服を選ぼうとしているときでもなく、ひとりで外出した際に留守番している娘のためにおみやげを探しているときでもなく、

絵本作家の方の訃報に反応するようになったとき。

 

我が家でも繰り返し読まれている本の作者であるわかやまけんさんが85歳で亡くなっていたことを知りました。80代で亡くなった男性のニュースを目にすると、4年前に87歳で亡くなった祖父を思い出します。

今週はお盆だったので、おじいちゃんのことを書こうと思います。

 

おじいちゃんの生い立ちについては息子である父から断片的にエピソードを聞いただけであまり詳しくは知らないのですが、東京生まれ東京育ちのおじいちゃんが北海道の田舎町である美唄の駅に降り立ったとき、「東京からお洒落でなんまら男前な人が来たべや、あんた見たか?」と町中の女性たちが色めき立ったそうです。(その女性たちのひとりがのちに結婚することとなる祖母です。)

サラリーマンとして働いていた時には、理不尽な上司と揉めて、その上司を殴って辞表を叩きつけたそうです。(それで職を失っても、きちんと働いていたことを知っている知り合いが「俺のところに来い」と言って助けてくれたそうです。良い時代だったのですね。)

真面目に誠実に仕事に取り組む一方で大酒飲みでもあり、酔った状態でいつものように電車で世田谷の自宅に帰るつもりがうっかり熟睡して小田原まで行ってしまってタクシーで帰ってきたそうです。(そのときのタクシー代が数万円だったことについて晩年までおばあちゃんにぐちぐち文句を言われて居心地悪そうにしつつ、「日本酒はな、くいっくいっと入ってしまうから、ぶたちゃん飲み過ぎには気をつけないといけないぞ。」と実体験を踏まえて何度も神妙な面持ちで話してくれました。)

私と弟がまだ小さかった頃、車に乗せて森林公園や遊園地やプールに連れて行ってくれました。おじいちゃんと遊びに行くのはとても楽しかったのですが、プールだけは寒中水泳の選手だった血が騒いでしまうのか、孫放置で本気を出して25メートルプールをひたすら黙々と泳ぎ続けていて、弟と私は子どもプールでぽつーんとしていました。(それが理由かはわかりませんが、それ以降プールには行かなくなりました。)

 

「腰かける」「くたびれる」「こしらえる」といった、古きよき日本語を使っていたおじいちゃん。

私がゆきまる(娘・4歳)を妊娠中に、病気で入院していました。当時住んでいた関西から里帰り出産のために札幌へ戻ってきてから「おじいちゃん実は入院しているんだよ。」と聞かされたのです。病院にお見舞いに行って久しぶりに会ったおじいちゃんはすっかり痩せこけてしまっていました。それでも頭はしっかりしているし看護師さんたちにも気を遣っていて、病気で弱ってもおじいちゃんはおじいちゃんだなと思ったものです。

 

そのお見舞いの日から2ヶ月が経った、真冬のある日の晩。病院から電話がかかってきました。平たく言えば、おじいちゃんがもう間もなく息を引き取りそうなので至急来てほしいとの内容で、電話を受けた私はそれを父に伝えました。その日は朝にも一度危篤状態に陥ったため家族で病院へ行っていて、そのときは持ち直したので一旦帰宅していたのですが、今度こそはもうだめだろうという予感がしました。

おじいちゃん。きっと亡くなってしまうだろう。最期は私も見届けたい。

だけど今日は出産予定日で、臨月の娘を乗せた車じゃお父さんはきっとスピードを出せない。そしたらおじいちゃんは家族の誰もいないところでひとりで死んでいくことになる。

「私を乗せて行ったら間に合わないから、3人で行って。」

両親と弟は大急ぎで出掛けて行きました。

 

とてつもなく長い時間が過ぎたように思いましたが、約30分後、母からメールが届きました。「おじいちゃんが亡くなりました」。お皿を洗っていた私は、台所で大泣きしました。泣きながらお皿を洗い続けました。

間に合ってよかった。これでよかったんだ。

だって、バタバタしていて言い出せなかったけど、朝からなんだかお腹が痛いんだよ。

今だって、いつもと違う感じがするんだよ。

 

悲しい気持ちのまま眠りについた数時間後、突如激しい腹痛に襲われてタクシーで病院へ向かった私は、4時間後に娘を出産しました。

おじいちゃんが亡くなってから9時間後のことでした。

 

出産直後だったため、お通夜にもお葬式にも出られませんでした。おじいちゃんが骨になった姿を見ることができなかったので、いつまでも亡くなった実感が湧きませんでした。

そんなある日、おじいちゃんの部屋でファイルを見つけました。そこには几帳面な文字で「ぶた子 上京日記」と書かれていて、大学進学と同時に上京してからたまに描いては実家に送っていた自作漫画のコピーが綺麗にファイリングされていました。それを見た途端、涙が溢れました。

もっと遊びに行ってあげればよかった。

同じマンションに住んでいたのに、帰省した時に一度か二度行けばいいやと思ってしまっていた。

こんなものをとっておくくらい私のことを大事に思っていてくれたなら、いろいろな話を聞いておけばよかった。

弟の運転する車で泣きながらそう話すと、弟は「ぶた子は十分やってたんじゃないの?あれ以上はできないしょ。」と言ってくれました。

 

あれから4年が過ぎました。おじいちゃんと入れ替わるようにして生まれてきたゆきまるを、父はかわいがってくれています。古い考え方の人なので、男児の方を「墓守り息子」と言って重宝するようなところがあるのですが、ゆきまるのことを「父さんと一番最初に会ったんだよな。」と思っているようで、何か特別な思い入れがあるようです。

 

ゆきまるが生まれて間もないころ、そのほっぺたを触りながら「お前はいいなあ。これから何十年も生きられるんだもんな。」と話しかけていた父の姿を今でも思い出します。

私もゆきまるほどではないにしても、あと何十年も生きられるはずだから。死んでからあの世でおじいちゃんに会っていろんな思い出話をできるように、毎日できることを自分なりに頑張ろう。

おじいちゃんに会いたいと思うたびに、そんな風に決意を新たにしています。

 

田舎の駅に降り立つおじいちゃんの図。(完全に想像。)

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ライブ@定山渓温泉

お盆期間中に、札幌の奥座敷・定山渓温泉へ行ってきました。

郷土愛が人一倍強いことをいろいろな方面に散々アピールしておきながら、定山渓という地名が人名由来であることを今回初めて知りました。

…。

新しい知識はすぐに誰かに言いたくなるタチなので書かせてください。

 

時は1866年。

北海道日本海側の各地で既に10年以上布教活動を行っていた岡山出身の定山という僧侶がおった。ある時定山はアイヌから「山奥に素晴らしい温泉が湧いている」という話を聞き、険しい山を越えてその地にたどりついたそうな。定山はそこに湯治場を造り、様々な人たちが湯治できるようにと考えた。しかしそこはとにかく山深いところであるため、病に苦しむ人たちにはあまりにも厳しすぎる道のりじゃった。

定山は開拓使に必死に温泉の有用性を訴え続け、それが認められて札幌と定山渓を結ぶ道路が造られた。いよいよ賑わいを見せ始める定山渓じゃったが、大雨による洪水や別の道路の開通で人通りが少なくなったことなどから苦境に立たされた上に、札幌の大不況で開拓使が温泉の経営から手を引いてしまう。施設のすべてを譲り受けた定山であったがその経営はとにかく困難を極めた。金策に走り、自らも老体に鞭打って札幌市中で托鉢する定山。

そのような状況の中でも定山は、かつて10年間世話になった小樽の張碓(はりうす)の住民たちを湯に浸からせたいとの強い思いを持ち続け、定山渓と張碓を結ぶ道路を拓こうとしておった。だが、道路開設に適した場所を調べるべく山に入った定山がふたたび帰ることはなかった。遺体となった定山が発見されたのは半月後のこと。美泉定山、享年72。老年期を定山渓という地の発展に捧げた老僧の死の報せはその地には届いておらず、長らく「行方不明」扱いじゃったという。

それから140年が経った現在。

定山は石像や立像となり、今も定山渓の地を見守っているそうな。

 

おしまい。

 

今自分が温泉に浸かって「いい湯だな~」なんて言っていられるのは先人の苦労のおかげなのだとしみじみ思いました。もしこれから定山渓へいらっしゃる方は、ぜひ定山さんに思いを馳せてみてください。

 

今回の定山渓行きは、夫が所属しているある団体での旅行でした。そのため、夕飯までは各々温泉へ!18時に大宴会場に集合!ずら~っとお膳が並んだところに浴衣のおじさん達がぞろぞろ登場!賑やかに食事を楽しんだら、酔って良い気分になったおじさんがステージに上ってリサイタルスタート!という、一昔前に日本の各地で見られた光景が繰り広げられました。

さて、トップバッターのおじさんが選んだのはいとしのエリー。微妙に桑田さんのモノマネをしながら歌は順調に進んでいくのですが、サビに入った途端、

「笑ってもっとベイビイーイ!!」

なぜかベイベーじゃなくてベイビイーイ。桑田さんっぽく歌ってるのに頑なにベイビイーイ。夫が「ここをベイビイーイって歌う人初めて見た…!」と驚いていました。そして、

「オリー!!マイラアアブ!!ソースウィー!!」

桑田さんのモノマネが過ぎたのか、エリーがオリーにしか聞こえません。この瞬間トドメを刺されました。いやこれすごい空気だなぁ…と思っていると、隣でゆきまる(娘・4歳)が

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幼児って怖いもの知らずです。

両親の「歌いたいおじさんおばさんたくさんいるから今度にしたら?」という必死の説得もむなしく、また、タイミング悪く良く司会者の方が近くに回って来られて「おっ!!ゆきまるちゃん歌ってください!!」煽る気持ちを盛り上げるようなことを言ってくれます。

すっかりその気になるゆきまる。「何歌うの?」と聞くと、「らぶま」。

ORIGINAL LOVE "ラヴァーマン" - YouTube

4歳児が、童謡やアニメの主題歌ではなくオリジナル・ラブ

夫は「ドラえもんとかプリンセスがいいんじゃない?」と誘導を試みますが、「らぶまがいい」。母、さっさとデンモクで『ラヴァーマン』を探す。ない。なんでないんだよおお!

仕方がないのでドラえもんの歌にしようかと提案しましたが、古い方のドラえもん(♪あんなこといいな)しか見つかりません。今のドラえもんのオープニングテーマが見つけられないのです。

「らぶまもないし、ドラえもんもないみたい。ゆきまる、また今度にしようね。」と両親および周りの大人が説得を試みますが、「いやだ歌いたい、ゆきまる歌いたい」と泣き出すゆきまる。

ゆきまるよ、我が娘ながらその根性あっぱれじゃ。

ぶた子「ゆきまる、『きみにいつまでもみとれたい』は歌える?」

ゆきまる「うん、うたえる!」

ぶた子「よし、じゃあお母さんといっしょに歌おう。」

なんとかやめさせようとしている夫を尻目に『プライマル』を入れて、

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無事、ふたりで温泉リサイタルデビューを果たしたのでした。

やさしい大人たちに拍手してもらい、すっかりご満悦のゆきまる。

いい思い出ができてよかったね。

 

ただ、サビの歌詞は「きみに いつまめも みとめがい」ではないんだけど…、

まあそれはいつか練習すればいっか!

盆踊りは夏の終わり

今日は家の近くの公園で盆踊りが行われました。

今住んでいるのは生まれたときから18歳で家を出るまで暮らした家なので、この盆踊りにも小学生の頃から高校3年まで毎年必ず行っていました。この日は年に一度、浴衣を着せてもらえる日なのです。毎年それはそれは楽しみにしていたものです。

今年は夫、ゆきまる(娘・4歳)、息子(息子・1歳)そして私の4人で向かいました。

 

会場に近づくにつれ、北海道ローカル盆踊りソングである『子供盆おどり唄』が聞こえてきます。

www.youtube.com

北海道出身でかつてこの曲に合わせて踊ったことがある大人は、笛の音が奏でる♪ピョリロ~~という前奏を聴いただけで道産子のDNAが即座に反応し、踊りに興じた幼き日を思い出して血湧き肉躍ります。

 

実は、札幌を離れて再び戻ってくるまでの13年間、この曲とそれに合わせて踊られる『子ども盆踊り』は当然全国共通のものだと信じていました。まさか北海道ローカルのものだなんて思いもしなかったのです。

www.youtube.com

だいたい17時半頃から19時頃まで、この曲に合わせて子どもだけが踊ります。そして最後に踊っている子ども全員にお菓子が配られて(注・ここでお菓子を配ってくれる大人が「全員お菓子あたったかーい?」と尋ねます。これは「全員にお菓子が行き渡りましたか?」「全員お菓子をもらいましたか?」という意味です。「はずれ」はありません。)、それから大人の盆踊りが始まるのです。

 

会場である公園に着くと、地元の子どもたちが集まっています。小学生がメインでしょうか。男の子たちはちょっと粋がったりしているのですが、服装はまだ「お母さんがイオ◯やしまむ◯で買ってきたコーデ」で何とも言えずちょっとダサめなのが可愛らしいです。一方女の子たちは皆、浴衣を着ておめかししています。ちょっとお化粧している子もちらほら見られます。

そんな女の子たちを眺めて、かつて張り切って浴衣を着て来たけれど今は普段着で来ている自分の姿を見て、続いて浴衣ドレスを着てはしゃいでいるゆきまるに視線を移して、なんというか、

ああ、世代交代したんだなあと思いました。

結婚して子どももいる時点でとっくに世代交代しているので、今更何をという何とも妙な話なのですが。

 

ゆきまるは、自分の母が今の自分と同じように幼稚園児だった頃があるというのを今ひとつ理解していないようです。

私自身も確かに、「お母さん」という人は生まれたときから「お母さん」なのだと、「お母さん」としてこの世に誕生するのだと、そう思っていた時期がありました。

 

盆踊りを「ぼんどり」と言うゆきまるよ、信じられないかもしれないけれど、母にも今のゆきまるのように幼稚園児だった頃があるんだよ。

それから小学生になり中学生になり高校生になり、家を出て大学に進学し…と、青春時代を満喫してからゆきまる父と結婚したんだよ。

ゆきまるよ、信じられないかもしれないけれど、母は今日盆踊り会場でたこ焼きを頬張りながら、ゆきまる父ではない別の男性のことを思い出しているんだよ!

(注・小学校の頃、盆踊りで当時好きだった男の子に偶然会って嬉しかったのを思い出したのです。)

 

夏の終わりを告げるようなすこし冷たい風が吹いていました。帰り道はずっと、小学校時代のことを思い出していました。二度と会うこともないだろうけれど、あの男の子は今どこで何をしているのかな。そんなことを考えました。もちろん、夫とゆきまるには内緒で。

 

人に歴史ありですね。

 

 

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ファン心理もいろいろ

先日、学生時代の友人と食事に行きました。

沖縄に住んでいてちょうど北海道旅行で札幌を訪れている友人なのですが、

ぶた子「今日ジメジメしてるよね、せっかく北海道来たのにね。」

沖縄の友「え?めっちゃサラサラしてるよ?」

ぶた子「ええ?」

沖縄の友「しかも今日だいぶ寒くない?沖縄の11月ぐらいの感じなんだけど。え、ぶた子ちゃん半袖だと寒くない?」

ぶた子「いやいや周り見て!半袖の人たくさんいるでしょ?」

沖縄の友「うそーホントだ!寒くないのかな?」

ここで気づきました。たしかに友人は髪の毛も顔もさらさらしているのです。

一方私は、髪の毛も顔もベッタベタです。だって、ジメジメしているのですから。

10年前は同じ東京で夏には汗をかき冬には寒いねと言って生活していたのに、住むところが変わるとこんなにも人間の体は変化するものなのかと驚くとともに感動しました。

 

今日は最高気温が22℃。札幌の夏は早くも終わりつつあります。

秋には田島貴男さんのひとりソウルショウ(札幌公演に行きます!)と、田島貴男さん&長岡亮介さんのふたりソウルショウ(六本木公演に行きます!)があるので今からとても楽しみです!!

 

先日、Twitterのフォロワーさんが、あるミュージシャンのライブチケットを取ったところ最前列だったと大喜びされていました。その方は確かファン歴20年を超える古参ファンなのですが、最前列を自力で取ったのは初めてのことだったそうです。それだけの間ずっと応援してこられたその情熱を考えると、他人事ながら心から良かったなあと思えました。

と同時に、もし自分が来年のオリジナル・ラブのライブのチケットを取って最前列だったらどうしようということも考えました。

…うーん…まだちょっと早いかな。

Twitterのフォロワーさんたちでオリジナル・ラブを好きな方は、ライブでもかなり前の席で観られている方が多いです。これはあくまでも推測ですが、5列目くらいまでの席にフォロワーさんが6~7人はいたのではないかと思います。そのとき気づかなかっただけで。

そのような方たちが最前列で観られるのはとっても良いことだと思います。オリジナル・ラブを好きな気持ちが大きい方たちなので、演奏を聴いてすごく盛り上がってくれるからです。

でも私には…やっぱりまだ早いなあ。

何故かと言うと、最前列ですよ。近すぎます。

札幌公演でも東京公演でも、田島貴男さんが登場して感極まって泣いたんですよ。

そんな客が最前列にいたら嫌じゃないですか。

まだ、至近距離じゃなくてすこし離れたところからステージを見守りたい気持ちがあります。なので3列目とかそのあたりがいいなあ…。

って、これでもものすごく贅沢じゃないかと書いてから気づきました。

 

そんな妄想を繰り広げている平和な連休です。

あ、もちろん最前列のチケットが来たら大喜びするんですけどね。

ひとりソウルとふたりソウルは整理番号何番だろうなあ。

 

 

先ほどタイムラインに流れてきた昔の田島貴男さんです。↓

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帽子の形状がよくわからなかったので適当に描きました。

昔と変わらない笑顔ってなんだかグッときますね。

オススメのストレス解消法

先日、配偶者と喧嘩して(というか私の堪忍袋の緒が切れて)イライラしていたときのことです。

イライラしていたってお風呂には入らなければならない。やむなく脱衣してお風呂場に入りました。

そこでふと目にとまったのが、ゆきまる(娘・4歳)が使っているシャボン玉。

 

興味本位で手を伸ばし、シャボン液をこぼさないように慎重に蓋を開け、左手にシャボン液の入った筒、右手に緑色のストローのようなあれを持ってスタンバイOK。

ちょんちょん。

液をつけすぎるとボッタボッタ垂れてしまって勿体ないので(貧乏性)、控えめに、しかしケチりすぎると貧相なシャボン玉しかできないので適度な量を心がけます。

そして大きく息を吸い込み、たくさんシャボン玉が飛んで行くように細く長く吐き出します。

ぷう、ぽわん。

シャボン玉がストローのようなあれの先端に生まれて大きくなり、そこを離れて浮かび始めた瞬間、

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「むしゃくしゃしていた。

(遊ぶものは)なんでもよかった。

今は童心にかえっている。」

 

お風呂を出たときには、先ほどのイライラはどこかへ消え去っていました。

 

このストレス解消法はとてもおすすめです。

 

まず、必然的に深呼吸しなくてはいけないこと。

怒っているときには呼吸が浅くなります。よく「そのようなときには深呼吸を数回すると心が落ち着く」と言われますが、深呼吸を意識的にするというのはあまり楽しくないし、実際に怒りモードに入っているときには忘れがちだと思います。

しかしシャボン玉をすると、上手に吹きたいので大きく吸って細く長く吐くという呼吸法をするのです。深呼吸しなくては、と意識しないままに。そして時間が長くなれば、それ(深呼吸)を繰り返します。知らない間に心が落ち着いています。

 

次に、シャボン玉をしている様子が絵面的にかわいらしいこと。

浴室に浮かぶシャボン玉を眺めていると、子どもの頃を思い出します。ベランダで外に向かってシャボン玉を飛ばしたのはいくつの頃だったか…。

大人になって日常的にシャボン玉をしている人はなかなかいないと思うので、非日常感もすごいです。しかもここで特筆すべきは、全裸でシャボン玉をしているのです。おそらくその瞬間、全裸でシャボン玉をしている大人は日本中を探しても片手で足りるほどしかいないと思います。もしかするとあなただけかもしれません。

 

最後に、低コストで健康にも良いこと。

イライラした時にお酒を飲む方。または、甘いものを食べる方。飲んだ後、食べた後でちょっと罪悪感がありませんか?特に量を多く摂取してしまったり、夜中に摂取してしまったりしたとき。

そんなときは近所の100均へ行ってください。シャボン液5本、ストローのようなあれ2本が入ったシャボン玉セットが売っていませんか?シャボン液1本で、だいたい2日か3日楽しめます。ということは、全部で10日~15日楽しめるのです。太ったりしない。カロリーも肝臓も心配しなくて良い。夜中に楽しんだって全然問題ない。すべてが終わった後で残るのは、昔忘れてきた子どもの心だけ。

 

ストレスフルな毎日を送っている方へ。

今日はぜひ、全裸でシャボン玉を。

好きな音楽をかけながら興じるとなお愉しいかもしれません。

岡村ちゃんのこと

当ブログには自分で勝手に「岡村ちゃん三部作」と名付けた3つの記事があります。

butakosan.hatenablog.com

butakosan.hatenablog.com

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久しぶりにこの3本の記事を読んでみたのですが、書いておいてよかったなあと思いました。もうこんな文章は決して書けません。何故かと言うと、岡村ちゃんのことを好きになってしまったからですね。岡村ちゃんをファンでもなんでもない普通の人として冷静な目で見ることは二度とできないでしょう。だから、あのときに受けた印象、自然と湧き上がった感情を文字に残しておいてよかったです。後から書くと、どうしたって記憶が無意識に捏造されて嘘が混じってしまうので。

 

三部作を読んで、岡村ちゃんの曲を聴いてみた理由を思い出しました。もちろんベイベの皆さんが熱心にすすめてくれたことが最大の理由なのですが、実はあるツイートが決め手になったのです。それはたまたま目にしたベイベの方のもので、要約すると確か「(自分は岡村ちゃんを30年くらい好きだけれど、)年数なんて関係ない、気持ちが同じならみんなベイベ」という内容でした。

これにはグッときました。

 

ファン歴が長いからすごいとか、あるいは偉いとかいう考え方には実はちょっと違和感があります。


私のような新参者ファンから見れば、たとえば「田島貴男歴はぶた子ちゃんの年齢と同じくらいです」と言っていた知人はすごいと思います。(メジャーデビュー直後のライブにも行っていた知人です。↓)

butakosan.hatenablog.com

何故かというと、自分が30年もひとつのことに情熱を傾けた経験がないからです。(強いて言えばビートルズは28年くらい好きですが、それも途中何年間かブランクがあるので、純粋にずっと好きだったのとは違うような気がします。)


けれど、「ファン歴が長いからすごい」というのはその本人が得意げに言うようなことではなく誰かが言ってくれることなのではないかと思うのです。


オリジナル・ラブのファンになったばかりの頃、2ちゃんねるオリジナル・ラブスレを見ていて、「にわかファンはどうたらこうたら」といった否定的な書き込みを見ました。そのスレッド自体、いつも程度の低い書き込みしかしない輩が荒らしているようなひどい状況で、今なら「そんなスレだしまともに受け取ることない」とスルーできるのですが、当時はそうはできなかったのですね。「古くからのファンの人は、新しくファンになった人のことをよく思っていないのかな」と受け取ってしまったのです。
もちろんそんなことを言うのは古くからのファンのごくごく一部の人だろうというのは頭ではわかっていました。ですが、そのような書き込みをその人も好きなはずの田島貴男さんはどう思うのかということを考えない軽率さと想像力の乏しさにがっかりしました。自分だって、ファンになったばかりの時期があっただろうに。

そのようにがっかりしているところで、私のツイートにいいねしてくれたり、リツイートしてくれたベイベのみなさんが例外なく新規ファンウエルカムな方だったのです。

そして目にしたのが最初に書いた素晴らしいツイートですよ。

 

要は、タイミングなのですね。

 

お父さんお母さん、娘は3X年間真面目に生きてきました。

妖しい人には近づかないようにということは常に肝に銘じてきました。

直感的に危ないと思うことからいち早く逃げ出す術もきちんと身につけました。

 

だけど、

 

岡村ちゃんからはどうしても逃れられないようです。

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最近の髪型&眼鏡&スーツも好きだけど、この頃も好き。でも20代の頃はキモい。

良い笑顔の話

日曜日に開催されていたフェスではとても素敵な光景が見られたようです。

猪苗代湖畔で開催されていたオハラ☆ブレイクでは、田島貴男さんとスカパラの共演。

大阪の舞洲で開催されていたジャイガでは、岡村靖幸さんと小出祐介さん(Base Ball Bear)の共演。

いずれもインスタで良い写真がたくさんアップされていました。

 

男の人たちが楽しそうにしている笑顔は昔から好きです。

 

幼稚園時代までは女の子の友だちと遊ぶ方が多かったのですが、小学校1年生か2年生の頃のことです。クラスのある女子グループと、別の女子グループが対立しました。(厳密に言うと、それぞれのグループの中心人物的な女の子の間に諍いが起きただけだったのですが。)

私はグループというのが苦手で特にどこにも所属していなかったのですが、ある女の子から「ぶた子ちゃんは私たちの味方なの?それとも◯◯ちゃんたち(=敵対グループ)の味方なの?」と聞かれました。

その瞬間、思いました。

 

「女子、めんどくさああ!!!」

 

味方も何もありません。その都度理屈が通っている方を支持するだけです。

けれど、当時はこのように説明するだけの語彙力がありませんでした。

そして女子グループに深入りすることはやめたのです。敵か味方かに分けたがるところや、別のグループの誰かの悪口で盛り上がることで結束を強めるところ、そのくせ面と向かって非難されると泣き出すようなところは本当に勘弁してくれと思いました。

 

その点、男子たちは楽でした。ネチネチしていなくて、単純で。成長するにつれてネチネチマンも増えてくるのかもしれませんが、小学校低学年の頃はみんな良い意味でまだまだわかりやすくておバカさんなことばかりしているというか、とにかくネチネチマンはあまりいなかったのです。

この頃から、男子たちが仲間内で何かして楽しそうに笑っている姿を見るのが好きだったように記憶しています。

 

大人になると、素の笑顔を見せる機会は少なくなると思います。

キメ顔をしてしまったり、そもそも子どもの頃みたいに心から楽しいと思えることが減ってきたり。楽しさをキャッチするアンテナの感度が鈍るということももしかしたらあるのかもしれません。

だからなのか、いい大人がいつもの顔ではなくて素の状態で自然に笑っている顔を見るとうれしい気持ちになります。いいもの見たなあという気持ちにさせられるのです。

 

今日は小出祐介さんと共演した岡村ちゃんを描きました。

岡村ちゃんの特徴として、口角が下がっているか水平になっているということがあるのですが、ジャイガのときにはしっかり上がっていました。

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岡村ちゃんは今がいちばんかっこいいですね。

(ベイベに片足つっこんだ私ですが…20代の岡村ちゃんはやっぱり…キモいです。褒め言葉的な意味で。