どこまでも果てなく、堕落の道を歩みたい二児の母のブログ

好きな音楽や子育てのことなどをイラストつきで日々記録します。

友だちの結婚式に参列した話

最近、ゆきまる(娘・4歳)が結婚について関心を持っているらしく、

「ゆきまるおかあさんと結婚したい!」「にくまる(弟)と結婚したい!」

などと事あるごとに言います。

そして今日は

「おかあさんはどうしておとうさんと結婚したの?」

と聞かれました。

 

結婚。

どうしてするのでしょうか。

何のためにするのでしょうか。

 

たまたま先日岡村ちゃんの『岡村靖幸 結婚への道』という本を読み終わったこともあり、 結婚について折りに触れ考えるようにしていたところです。そんなタイミングで、学生時代の友人の結婚式・披露宴に出席する機会がありました。以前にもブログに出てきた、オリジナル・ラブの元ギタリスト、村山孝志さんのことを「村山先生」と呼ぶ友人です。

butakosan.hatenablog.com

 

ところで、私はとても器の小さな人間です。

「おちょこ」どころか、「おちょこの裏」くらいしかありません。(「おちょこの裏」くらいというのは悪友が言っていた表現なのですが大好きなのでしばしば使っています。)

そのため、友人知人の結婚式に出て「とても幸せそうで素敵な結婚式だったよぉ、幸せのおすそわけしてもらっちゃった☆テヘ」とか言うことがどうしてもできません。

「どうしてパンをトングでお皿に載せてくれず、客が手でかごから取る方式だったのだろう…あれはまずいのではないか」

とか、

「人気の式場なのは理解できるが、式の予約が入りすぎていて神父さんがやけに早口だ…」

とか

「新郎の会社の上司による我が社自慢が長過ぎる…つまらない…」

とか、それはもう心の狭い感想しか抱けないことがままあります。

 

ですが。

 

今回は、素晴らしい式・披露宴でした。

おちょこの裏がハッピーでいっぱいになりました♡

特に素晴らしかったのは披露宴です。

最近はつまらない余興を極力カットしようという流れになってきているという話を聞いたことがあったのですが、今回の披露宴では余興がありました。新郎友人の余興。新郎のキャラ・人選によっては地獄を見ることになるコーナーです。今回はどうでしょう。

大学時代の新郎の仲間たちが「独身卒業式」という設定で在校生役を演じていました。もちろん新郎が卒業生です。そして在校生は卒業を祝う言葉を送るのですが、そこで新郎の人となりや仲間との思い出がわかりやすく紹介されていきます。

ちなみに在校生役はみんな学ランを着ていました。これが意外と似合っていて、「ああーこういうおじさんぽい高校生いるいる!!」と笑いながら眺めていると、その学ラン姿の人たちの中にひとりだけセーラー服におさげ髪のかつらをかぶった男性がいるのです。女子生徒役です。この方がね、かわいくないんです、また。「んーちょっといかつくて似合わないかな?」とかいうのではなくて全然かわいくない。日頃、「人間顔で判断してはいけない」などと綺麗事を吐いている自分なので、「でもあの方は一生懸命女の子の声も出そうとしてがんばっているし…」と思っていた矢先、隣のテーブル(余興をやっている人たちと同じ大学の人たちが座っている)から「ブスだなあ。」という声援が飛びました。吹き出しました。よくぞ言ってくれた。

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その「独身卒業式」は、新郎を下げて笑いを取りにいくでもなく、内輪ネタに走るでもなく、自己満足で終わるでもない、招待客みんなが笑って見守れるような素敵なものでした。

ほかにも、引き出物のひとつが似顔絵作家さんがその場で描いてくれる似顔絵だったり、お色直し後の写真撮影はくじをひいてそれに書かれたポーズを同じテーブルの全員がしたりと、新郎新婦が工夫をこらしたのが伝わってくる披露宴でした。席札の裏にもメッセージが書いてあるし。どれどれ…?

 

文末、「自分もブログ見てます!! 新郎より

 

な、なんだってー!!!

 

新郎見てる-!?

じゃあ結婚について真面目なことを書きます。

…と思ったらもう文字数が多すぎるので、続きはまた次回。

理不尽すぎる話

先ほどバスに乗っていると、男子高生が乗ってきました。

背が高くて痩せていて、全体的に小綺麗で目がぱっちりしたイケメン。ちょっと気だるげな感じがまたグッときます。昔、おじさん達が若くて綺麗な女性を見ては口にするたびに「だったらなんだっていうんだよ…」と心のなかでひそかにツッコミを入れていたセリフ、「あー自分がもうちょっと若かったらなあ!」というセリフが脳裏をよぎりました。

そんな風にちょっといやらしい目で男子高生をチラ見していたのですが、あるものを目撃した瞬間、私のテンションは下がりました。

リュックの肩ベルトがねじれている。

しかも、得体の知れない何か白いもので汚れている。(よだれ?まさかそんなはずはない。)

 

私も二児の母なので「あらーベルトねじれてるわよ、しかも汚れもついてる!も~しょうがないわね!」と思ってあげるような母性を備えていても全くおかしくないと思うのですが、そういう気持ちは1ミクロンたりとも湧いてきませんでした。

これはいったい何故か考えてみたのですが、彼が私の理想とするタイプに近かったからだと思うのです。背が高くて痩せていて小綺麗な目パッチリのイケメン。素晴らしいです。国の宝です。でも、いや、だからこそ?リュックの肩ベルトは汚れていてはいけないのです。だって全体的に小綺麗なんですよ。髪にワックスで毛束作るより前にその肩ベルトをウエットティッシュで拭こう?

 

理想のタイプに近ければ近いほど些細なことでがっかりして幻滅してしまう…そんなことを昔から幾度となく繰り返してきました。ひとえに私の器の小ささが原因です。今後治る見込みはないと思いますが。

今日は懺悔の意味を込めて、理想のタイプに近いのに全くもって大したことのない理由でテンションが下がってしまったシリーズを書いてみたいと思います。

 

3位

背が高くて痩せていて目パッチリの中山くん(仮名)。髪質は硬い方らしくいつも長めでモワっとしていたのですが(それも良かった)、あるとき髪を切ってきました。それがかなり思い切って短くして坊主寄りのスポーツ刈り。似合ってない。友だちが笑いを堪えながら「中山くん爽やかになったね」と耳打ちしてきました。普段とのコントラストがすごい。散髪したんだから毛先が整っていて当然です。でも、やっぱりだめだ。

 

「散髪してきて仕上がった髪型が整いすぎていてテンションが下がった」

 

2位

紺色の半袖シャツを着て登校してきた、背が高くて痩せていて目パッチリの松橋くん(仮名)。普通のシャツにしてはすこし生地が厚め…?珍しい服だなあと思って袖口を眺めていると、裏地が黄色いのです。あれ、この色見覚えがあるような…?後日、すべてが明らかになりました。紺色のシャツをひっくり返すと黄色いシャツになるのです。なんて機能的なのでしょう。でも、なんかだめだ。

 

「着ていた服がリバーシブルでテンションが下がった」

 

栄えある1位は

夏、オシャレなリュックを背負って教室に現れた背が高くて痩せていて小綺麗で目パッチリの神岡くん(仮名)。隣にいた友人に「今日もあちーな!」と言いながら爽やかにリュックを下ろす姿をひそかにいやらしい目で凝視していたところ、背中にめっちゃ汗かいてる。しかもリュックの形に色が変わってる。オシャレなグレーのTシャツが変色してる。汗をたくさんかくのはいいことです。でも、理不尽極まりないけどだめだ。

 

「リュックの形に大量発汗しているのを見てテンションが下がった」

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自分で書いてみて思いましたが、最低です。

ひとつ救いがあるとすれば、どの人も彼氏というわけではなく私がこっそり一方的に好きだっただけだということです。

 

 

よかった、こんな理不尽な理由で恋人に別れを告げられた可哀想な男の人達はいなかったんや。

イライラとの付き合い方の話

ブログやTwitterで家族の話をするとき。

基本的には

「子どものためにダンボール箱で作ったバスが早くも破壊されました」

とか

「娘の粘土を使って真実の口を作ったら怒られました」

といったような平和な話題が多いです。

なので、「かわいい子どもや優しい旦那さんと毎日ニコニコ笑顔で幸せに暮らしているのね」と誤解されてしまうかもしれません。

 

そんなわけないんだなあ。

 

ずっと楽しいことだけ、それはありえないのですよ。

あまりにも暗黒面に落ちすぎている話題は避けるようにしているのですよ。

 

元々、信じられないくらい短気な方です。

たとえば先日、新千歳空港にて某LCCの受付カウンターで順番待ちの列に並んでいたときのこと。

ボサボサの金髪を一つに結んだ中年ミュージシャン(パンクなファッションに身を包んでいたのでロックミュージシャンと予想。)が受付係の女性に対して怒鳴り散らしていました。彼の主張をまとめると、「従来は追加料金無しで持ち込めた手荷物が、俺の知らない間に追加料金が必要となっている。俺はLCC元年から乗ってるんだから、俺に連絡のひとつでも寄越すのが筋じゃないか」と。

その人がギャンギャン喚いている間、当然列は進まないわけです。

我々も時間に余裕を持ってきているとはいえ、お昼ごはんを食べたりお土産を買ったりもしたいのですね。

そこで夫に言いました。

 

私「ねえ、

警察呼んでいい?

っていうか、

あいつ私人逮捕していい?

 

夫「見てごらん、警官、既に来てるよ。」(冷静)

 

私「oh...しかも屈強そうな若い警官。」

 

夫「ぶた子さんちょっと短気すぎますね。」

 

私「(イラっ)なんでさ。普通の人はどうするのさ。」

 

夫「普通は、

我慢できる間はイラっとしながらも待つんじゃない?(即警官呼ぶとか逮捕するとか言わないでしょと言いたげ)

 

私「…。そうか。」

 

というわけで、まぁ短気なのです。

 

なので、イライラとの付き合い方というのは自分の中での大きなテーマです。

もう毎日イライラしてますからね。したくてしてるわけじゃないんですけどね。

 

これまでの人生において幾度となくイライラしない方法というのを調べてはみたのですが、実践するのは難しかったりするわけです。さてどうしたものかと悩んでいた先日、良い方法を編み出しました。

イライラしてきたら、

「今、私がボーカルを務めるバンドのMVを撮影している」

という設定で行動するのです。

 

ドライブ中、運転している夫にイライラした場合はこうです。

 

オリジナル・ラブ『朝日のあたる道』のMVを思い浮かべて、

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隣にいる機嫌の悪い夫から思いっきり顔を背けて窓の外を見るのがポイント。そこにないカメラに向かってカメラ目線ちょっと眉をひそめた笑顔渋い笑顔で歌う(口パク)。

 

また、歩いている最中、子どもがぐずって道に寝そべり暴れたときはこうです。

 

岡村ちゃん『だいすき』のMVを思い浮かべて、

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女の子と手を繋いで全力でクルクル回る岡村ちゃんさながらに、暴れる息子にヤケクソ気味で振り回されてしまうのがポイント。そこにないカメラを意識してキメ顔。白目をアピール。できるだけキモ爽やかな笑顔で歌う(大声で)。

 

 

この「MV撮影中」という設定で乗り切る方法、しばらく試してみようと思います。

子ども連れだと歌を歌っていてもあまり怪しまれないのがいいですね!

妄想する素材になりそうなMV、今日も募集中です。

岡村ちゃんがMステに出る話

今日はかなり重大な発表があります。

来週のミュージックステーションに、

岡村ちゃんこと岡村靖幸さんが出ます!!!

 

私と岡村ちゃんとの出会いは去年の初夏。(経緯や最初の印象についてはこちらの記事に詳しく書かれています。↓)

butakosan.hatenablog.com

 

今年の春にオリジナル・ラブにハマって情報収集のためにTwitterを始め、ベイベさんをたくさんフォローしたおかげで岡村ちゃんの情報が自動的に入ってくるようになりました。すすめられた曲のMVを観てみたり日々岡村ちゃんの情報と接していることで、最初はキモすぎると思っていたのにいつしかうっかり岡村ちゃんのことが気になりだしてしまったわけですが(その間もオリジナル・ラブは毎日聴いたりライブに足を運んだりしている)、オリジナル・ラブ岡村ちゃんも知る人ぞ知るというか、大衆ウケするというよりはコアなファンがついているタイプのミュージシャンだというのが私の認識です。故に、ファンになって以降、おふたりの姿を歌番組で目にしたことは一度もありません。というか、まず歌番組というものを大学以来見ていないのです。見るとしたらケーブルテレビでやっている昔のMVをひたすら流す番組か、紅白歌合戦くらい。

 

ミュージックステーションを最も真剣に観ていたのは、小6から中3までの4年間だったように記憶しています。

私にとっての青春のミュージシャンはSPEEDやL'Arc~en~Ciel、GLAYです。SPEEDは、新曲が出たらすぐにマスターして学校帰りにカラオケに寄りみんなで歌いました。そして当時はGLAYが2枚同時にシングルを発表すれば、すこし後でラルクが3枚同時にシングルを発売するようなこともあり、私はGLAY派でしたがとてもワクワクしたのを憶えています。まだまだCDが売れていた時代。

あの頃SPEEDやラルクGLAYがよく出ていたのがミュージックステーションなのです!旬のミュージシャンが出る番組です。オープニングテーマからもーうもうもうシビれますよ。階段を降りてくるときにつまずいた人もいたりして。

そこに、岡村ちゃんが。

しかも岡村ちゃんミュージックステーションは初登場らしいのです。

いやーーー感慨深いです。

岡村ちゃんとまだDATEしたことがない私ですらこんな気持ちなのですから、ベイベさんたちの喜びはいかほどか想像するとうれしいを通り越して泣けてきます。

 

ここからは推測ですが、ベイベさんたちはこう思っているのではないでしょうか。

岡村ちゃんは稀有な才能を持つシンガーソングライターダンサーであるがゆえに、時代の先を行き過ぎていた。これまでは時代が岡村ちゃんに追いついていなかったけれど、今回のミュージックステーション出演を機により多くの人に岡村ちゃんの魅力を知ってほしい。

 

 

ミュージックステーションメジャーな番組です。

まだ岡村ちゃんを知らない若い人たちにこそ観てほしいですね!

「えっ何このキモいおじさん。」、そう思ってくれればベイベになる素質ありだそうです。

たしかに自分もそうだったのでよくわかります。

 

 

再度告知します!!

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異性の友だちの話

札幌に帰ってきて以来、髪は友だちの美容師さんにカットしてもらっています。

彼の名前はヨシキ。小学校からの付き合いなので、知り合ってかれこれ25年くらいになりました。小学校の数年間と中学校の3年間同じクラスだったので、当時の写真を見るとヨシキがよく出てきます。夏のお祭りも一緒に行ったし、炊事遠足・宿泊研修・修学旅行の班が一緒だったし、ヨシキが組んでいたバンドの手伝いをしていたし、ほかにもいろいろな思い出があります。

これだけ仲がいいと何かあったと思われることが多いのですが、ヨシキとは何もありませんでした。(私が一方的に好きだった時期はありましたが)

約25年ずっと友だちです。

 

男女の友情は成立するか、というテーマについてはもう議論は出尽くした感がありますが、最近たまにまた考えています。

今から10年以上前の学生時代には「当然成立するに決まってる」と思っていました。それがここ数年は「やっぱり成立しないのかな」と意見を変えたりもしました。

しかし今は、「成立すると思っている人同士の間では成立するし、どちらかまたは両方が成立しないと思っていたら成立しない」という立場に落ち着きました。当たり前といえば当たり前の結論ですね。

どうやら異性の友だちがいない人は「男女の友情は成立しない」と言い、異性の友だちがいる人は「男女の友情は成立する」と言っているようです。これも当たり前かもしれません。

こういう話をすると、「男はみんな隙あらば性的なことしようと思ってるんだよ。(理由:子孫を残したい生き物だから)」とか言う人がたまにいるのですが、それはさすがに失礼なんじゃないの?と思います。
もちろんそういった野獣タイプの男性はいるでしょうし、そうでないタイプの男性でも潜在的にそういう可能性があるのかもしれません。だからといってすべての男性が隙あらばそういうことをしようとしているというのはちょっと論理の飛躍があるというか、一括りにして語るのはどうかなと思うのです。だって、「女はみんなカネ目当てで好きでもないジジイと結婚できるのよ。(orできるんだぜ。)(理由:自分を守るだけの力を持つオスを探すのは本能だから)」とか言われたらどうでしょうか。私は嫌ですよ。そんな風に言っているのが男性だったら、「あんたドヤ顔で言えるほど女のこと知ってるの?どれだけの女と関わったの?そんなにモテるの?カサノヴァなの?」と尋ねたくなります。

 

なんだかんだと書きましたが、単純に異性の友だちといると楽しいです。

同性の友だちだと、いろいろ比較してしまうこともあると思うのです。男性同士なら職業・勤務先・年収・役職など。女性同士なら既婚か未婚か・仕事をしているかしていないか・子どもがいるかいないかなど。
でも異性の友だちとはフィールドが違うのでお互い比較しないで済むのです。そしてなんといっても、男性と女性は話のしかた・聞きかたが違うところが面白いです。よく言われることですが、男性の友だちに悲しかった出来事を話して聞かせても「わかるーそれは悲しかったよな」なんてほとんど言われません。分析して、一体どうすればよかったのか自分の見解を語りだしたりします。けれど、それが心地良いこともあるのです。同性の友だちが共感してくれるのはうれしいけれど、そればかりだと前に進めなかったり、物足りなかったりすることもあるのです。

異性と友だちにはなれないなんて思わず、お互い性別が違うからこそ配慮した方が良い点は配慮して付き合っていける人がいると、同性の友だちとは異なった視点を得ることができて人生がより豊かになるような、そんな気がします。

 

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並々ならぬ思い入れがある曲の話・その参(完結)

既に2回にもわたり、『虹と雪のバラード』について熱く語っております。

butakosan.hatenablog.com

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前々回・前回は話がいろいろ脱線してしまいました。今日やっと歌詞の解釈について話ができます。

 

詩の構造は、1番2番ともに前半でオリンピックそのものと開催地サッポロの様子を、後半でオリンピックに対して人々が抱く気持ちをそれぞれ描写しているものと思われます。時間の流れとしては1番はオリンピック前~最中、2番はオリンピック後となっています。

それでは弟による歌詞の解釈を書いてみます。(すこしだけ加筆しました。)

 

1番

“虹の地平を 歩み出て 影たちが近づく 手をとりあって”

地平線の向こうに広がる世界中から人々が来訪する。

世界中の人々が選手・観客として争うことなく集まり、オリンピックを支えるべく力を合わせている。

(五輪マークは五大陸の象徴と言われていることから、「虹の地平」=地平線の向こうに広がる世界各国。オリンピックが平和とスポーツの祭典とされていることから、「手をとりあって」は人々が互いに争うことのない様子を表す。「影たち」=選手でもあり、観客でもある。)

 

“町ができる 美しい町が”

交通手段といえば路面電車かバスしかなかったのが、オリンピック開催に目掛けて地下鉄が開通。また、地下街の建設も完了したことにより札幌市街の近代化が一気に進んだ。

 

“あふれる旗 叫び そして唄”

この町できっと人々がオリンピックに熱中するだろう。

 

“ぼくらは呼ぶ”

“あふれる夢に”

「ぼくら」=人々、その中でも特に札幌に住む人たち。「あふれる夢」とは、まだ見ぬオリンピックに対して人々が抱いている期待や希望。

 

“あの星たちのあいだに”

星は希望の光、つまり夢と希望のメタファー。「星たちのあいだ」=希望に満ち溢れた未来がすぐそこに来ていることを表現している。

 

“眠っている北の空に”

眠っているのは札幌。札幌にはまだ朝が来ていない。オリンピックの開催に伴って目覚める=オリンピックがもたらすであろう希望の光を朝日に喩えている。

 

“きみの名を呼ぶ オリンピックと”

人々が夢や希望を抱きながら「きみ」=オリンピックに親しみを持って呼びかける様子を比喩を用いて表現している。

 

(“ぼくらは呼ぶ、きみの名を呼ぶ、オリンピックと”という文章を、“あふれる夢に”“あの星たちのあいだに”“眠っている北の空に”という3つの要素が修飾していると考えました。)

 

2番

“雪の炎に ゆらめいて 影たちが飛び去る ナイフのように”

地吹雪の吹きすさぶ2月、オリンピックが閉幕すると、夢と現をナイフで切り分けるかのように人々がオリンピックに熱中していた白昼夢から覚めて現実へと帰っていく。世界中から集まっていた人々は、あっという間に自分たちの国へと帰っていく。

(「雪の炎」=地吹雪。)

 

“空が残る 真っ青な空が”

あれほど人々が待ち焦がれていたオリンピックは終わってしまい、札幌の街にはただ真っ青な美しい空だけが残されている。

 

“あれは夢?力?それとも恋”

オリンピックは夢だったのか、街の発展をもたらす力(の源)だったのだろうか。それとも、あれほどまでに一心不乱に熱狂することができるのはもはや恋であったといえるのではないか。

 

“ぼくらは書く”

“いのちのかぎり”

(※“きみの名を書く オリンピックと”と一緒に最後に説明します)

 

“いま太陽の真下に”

太陽が真上に来た=もう昼になった、すなわち夜が明けて新しい時代が来た今、名を書く。(1番の、北の空は眠っている=夜が明けていないとの対比。)

 

“生まれかわる サッポロの地に”

オリンピック開催を機に文字通り生まれ変わりつつある「サッポロ」(国際都市としての新しい顔を強調するために敢えて漢字ではなくカタカナ表記にしたのでは)の地にオリンピックという名を刻みこむ。

 

“きみの名を書く オリンピックと”(※“いのちのかぎり”と合わせてここで説明します。)

オリンピック開催をただのイベントで終わらせず、生きている間は全力で(=“いのちのかぎり”)札幌の歴史に刻み込もう。これからの札幌の発展や新しい時代を待っているだけではなく、自分たちで新時代を築いていくのだという決意。

(当時の人は未来に希望を抱くだけでなく、自ら素敵な未来を開拓するという使命感もあったのではないか。)

 

(“ぼくらは書く、きみの名を書く、オリンピックと”という文章を、“いのちのかぎり”“いま太陽の真下に”“生まれかわる サッポロの地に”という3つの要素が修飾していると考えました。)

 

 

以上です。長くなってしまいました。

高度経済成長期という、人々の心が今と異なり前向きだった時代、誰もが明日は今日より良い日になると信じて疑わなかった時代に作られた素晴らしい歌です。ぜひ聴いてみてください。
こちらはオリンピックのちょうど1年前、NHKの『みんなのうた』で放送されていたバージョンです。

虹と雪のバラード トワエモア - YouTube

 

今回は弟にすべて持っていかれました…。現代文苦手だったんじゃなかったのかー!!

並々ならぬ思い入れがある曲の話・その弐

前回の記事で熱く語ってしまった『虹と雪のバラード』の思い出。

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小学校に入学した6歳の頃から卒業まで何かあるたびに歌わされていたこの曲ですが、歌詞の意味を考えたことはあまりありませんでした。子どもの頃って単純記憶が優れていて、言葉の意味や言葉同士のつながりを考えずに丸暗記するのが苦ではないんですね。しかもこれを覚えた当時はまだまだ語彙も少ないものですから、意味がわかる部分とわからない部分がある状態のまま呪文のように歌っていた記憶があります。

果たしてこの曲は一体どんなことを言っているのか?

あの頃から25年以上が経って全体の意味がわかるようになった(と思われる)今、初めて気になりました。そこでこれを機に改めて考察してみよう…というのが今回の試みです。

 

まず、『虹と雪のバラード』というタイトルから見てみます。

ここに出てくる「虹」と「雪」という単語、これらはそれぞれ1番の冒頭と2番の冒頭に出てきます。

 

の地平を 歩み出て”(1番)

の炎に ゆらめいて”(2番)

 

変にひねっていない素直な曲名なのですね。

 

それでは歌詞の解釈に入ります。

記事冒頭で「歌詞の意味をあまり考えずに歌っていた」と書きましたが、それでも一箇所だけ昔からどうしても気になる部分がありました。それがこちら(下線部)です。

 

“ぼくらは呼ぶ あふれる夢に

あの星たちのあいだに

眠っている北の空に

きみの名を呼ぶ オリンピックと(1番サビ)

 

ここ、実際に歌うと「きみのなをーよぶーオリーンピーックとおーーー」となります。

この歌を教えられた直後は、実は「きみの名を呼ぶ オリンピック塔」だと思っていました。

「きみ」というのは恋人なのか友だちなのか家族なのかわかりませんが、特定の誰かというよりは「大切な人」という抽象的な存在。その「きみ」の名前を「オリンピック塔」で呼ぶのです。当時おじいちゃんがよく連れて行ってくれた公園に「百年記念塔」という建築物があったことや、札幌市のシンボルが「テレビ塔」であることから、オリンピックを記念して建立された「オリンピック塔」なるものがあり、そこで「きみ」の名前を呼ぶのかと思っていたのです。山頂から誰かの名前を大声で叫ぶ要領で。

しかし、文字を勉強して初めて歌詞を見た時、衝撃を受けました。

 

“きみの名を呼ぶ オリンピック

 

塔じゃない。

 

そこで次に思いついたのは、「と」を英語のwith=「~と一緒に」の意味で使っているという解釈でした。オリンピックを擬人化して、オリンピック「と一緒に」(=with)きみの名を呼ぶ、という意味に捉えたのです。「おい、きみもここへ来いよ!オリンピックと一緒に待ってるぜ!!」というような感じです。これだと文章としてはそこまでおかしくならないのでこのイメージで30歳過ぎまで歌い続けてきたのですが、1年すこし前に何気なく口ずさんだときにちょっとした違和感を覚えました。そして歌詞を読み直してふと思ったのです。

あれ、これってもしかして、

 

きみ=オリンピックなんじゃないの?

 

諸説あるかもしれませんが、今はこの解釈が正解なのではと思っています。

この部分が一見するとわかりにくいのは倒置法が使われているからで、その部分を普通の順序に直してわかりやすくしてみると、

 

「オリンピック」、と君の名を呼ぶ

 

となるのではないでしょうか。

 

…と、ここまで考えたところでこの解釈でいいかどうか弟にLINEして意見を求めてみました。

弟は私と同じ小学校に通い、同じく6年間この曲を歌わされ踊らされてきた30男です。私と真逆のバリバリ理系タイプなので歌詞の解釈なんて興味がないといって既読スルーされるだろうか…そう思っていたそのとき、返信が来ました。めっちゃ長文。さっそく読みます。

 

…なん、だと…?

 

国語は苦手だろうと見くびっていた弟による歌詞の解釈は次の記事にて。

 

図解、1が「オリンピック塔」説、2が「withオリンピック」説。

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