どこまでも果てなく堕落の道を歩みたい二児の母のブログ

ああでもないこうでもないと考えたいろんなことをちょこちょこ記録します。

続・年末に起きた大事件の話

前回からの続きです。

butakosan.hatenablog.com

山田は二次会の途中で帰り、最後まで残ったのは井上と河原、そして私だった。

河原がスマホで何か検索しながら言った。

「あー俺はラーメン食うよ!ラーメン食って帰る。」
「さすがに私ラーメンは無理。」
「とりあえず店出るべ!」
井上に促され、河原と私はコートを着た。

結局ラーメンを食べることにして、お店を探しながらすすきのへ向かう。さっきより明らかに気温が下がっていてとても寒い。鼻の中だって痛くなりそうだ。隣を歩く河原に話しかけると、空中に吐き出された息が真っ白になった。
「ねえねえ、なんかさー、東京の大学の友達と飲むとさあ、『あーこの人と飲むのもこれで最後かなあ』とか思う瞬間があんだけどね?」
「うん。」
「ふたりは今日これでバイバーイって別れても二度と会えない感じ全然しないんだよね。年に一度しか会えないのに。」
「あーなんっまらさみい。しばれる。」
「あのさいい話してんだから聞いて?」

 

「もう2時過ぎてるよ。どこも閉まってんじゃない?」
「あ、あそこ開いてるべ。」
井上が一軒の古いお店を見つけた。
「なんかすげー年季入ってるけど。」
「いいよ、入ろうよ!」
店内はローマ字の「L」を左右反転させた形のカウンターのみの狭いつくりで、長い辺の真ん中あたりから奥の方にかけてすすきのの飲み屋のお姉さんが3人で座ってラーメンを食べていた。逆「L」の短い辺の方には水色のシャツを着た男の人がひとりで座っていた。背中を丸めるような後ろ姿からかなり背の高い人だということがわかった。
「あっおいでおいでー。大丈夫だよお!あたしら詰めるから!」
お姉さんたちがそれぞれ奥にひとつずつ詰めてくれたので私達も座ることができた。

 

「はいお水!何人?3人?」
気さくに話しかけてくれるお姉さんたち。私達も笑顔で返した。そのとき、一番元気なお姉さんが言った。
「あっイケメンまだいた!静かになったから帰ったかと思ったあ!」
イケメン?誰のことだろう。一緒にいる河原も見た目がいい方なので、河原のことかと思ったそのとき。
「いや、ははっ。」
水色シャツの男性が顔を上げて笑った。私から見て左斜め45度の方向に座っていたので、そのとき初めて顔が見えた。その顔は。
えーーー!!!
岡村ちゃん
思わず二度見してしまった。バレないようにもう一度ちらっと見た。いや違う。もっと若い。30代半ばかちょっと上くらい?

イケメンの返事を聞いてお姉さんが嬉しそうに言った。
「よかったー帰ってなかったぁ!」
「帰ってないっすよまだ。」
うわっ、でも声も似てる。どうしよう。
お姉さんたちがイケメンと会話している。耳をそばだてなくてもお姉さんの声は大きいのでよく聞こえる。受け答えにも軽薄さがなくて誠実そうな印象を受けた。ほんのちょっとだけタジタジになっている様子も好感度大。

 

「イケメンさん、札幌の方ですか?ここはよく来るんですか?」
「ちょっと!あんたイケメンに話しかけないでよお!」

お姉さんに怒られてしまった。
「あっすみませーん!」
「いえ、地元の人間じゃなくって、神奈川から友達と一緒にスノボしに来たんです。で、友達は寝ちゃって、でも僕はラーメン食べたいなって思ってさまよってたら、ここの明かりが煌々とついていたので吸い寄せられて来ました。」

そっか。札幌の人じゃないんだ。残念。ん?残念って何だ。

それから井上と河原もイケメンに話しかけた。イケメンはにこやかに答えていた。ぶっきらぼうでも無闇矢鱈と饒舌でもない、過不足のない答え方。話が一段落ついたところで言ってみた。
「イケメンさん、岡村ちゃんに似てますね。岡村靖幸さん。」
イケメンは岡村ちゃんを知らないようだった。
「ねー!!似てる似てる!!
あたしさあ、昔マハラジャ岡村ちゃんにナンパされたことあんだよお。」
お姉さんが豪快に笑いながら言った。その話を詳しく聞きたかったけれど、私の席から大声を出すのははばかられたのでやめておいた。でも、イケメンがいなかったら聞いていたような気もした。
「イケメンさんほんとかっこいいっすね!」
「声もかっこいいっすね。」
井上と河原に口々にそう言われてイケメンは照れたように笑った。

「北海道めちゃくちゃいいところですね。雪質はいいし、ラーメンもおいしいし、皆さん面白くて優しくて。」

イケメンがそう言ってくれて嬉しかった。ちょっと絡みすぎたかなと思ったので、反省も込めて「奇妙なテンションの客ですよね」と言うと、
「えーちょっとお、それってあたしたちのこと!?」
またしてもお姉さんに怒られてしまった。

ラーメンを食べ終えたイケメンが立ち上がり、会計を済ませてお店の入り口の戸を開けた。そして振り返って言った。

「どうもごちそうさまでした。楽しかったです!」

「イケメンさん、明日もスノボ楽しんで!!」

「雪山、気をつけてくださいね!!」

井上と河原が言う。

「北海道、楽しんでください。」

そう声をかけると、イケメンはにこっと笑って会釈した。そして静かに戸を閉めた。

「…はあー…。」

「何ため息ついてんの。」

河原が笑った。

「…かっこよかったねえ。」

「この人妻がなんか言ってるよー、しょうもねえ!」

井上も笑った。

「もしもさぁ、今俺らが食い終わって店出た時に外でイケメンが待ってたらどうすんの?」

「えっ、そんなことあるわけないし!ちょっとやだー!どうしよー!」

「ルスツに行く前に今夜、私のゲレンデでどうぞ自由に滑ってくださいって言うべきだな。」

「もう下ネタが完っ全にオヤジだよね。まだ中年にもなってないよ?」

三人とも完全に馬鹿な酔っぱらいである。でも楽しかった。

「それにしてもさ、この写真見てみ?」

井上が、お店に入ってすぐに自撮りした写真を見せてくれた。

「…なんっで、この絶妙な感じで顔が隠れてるかねー。」

狙って撮ったわけではないのに、イケメンが写り込んでいた。顔が隠れた状態で。

「でもまあ、顔が写ってた方が絶対いいけど、写ってないっていうのもロマンがあっていいかもね。」

食べ終えた丼をカウンターに乗せ、コートを着た後でもう一度思い出の一枚を眺めながら私は言った。

「イケメンさん、さよなら!また北海道来てねー!」

井上と河原が笑った。お店の外に出てみても、そこにイケメンはいなかった。

 

 

おわり。

 

 

…という、岡村ちゃんによく似たイケメンと遭遇してものすごくときめいたという事件でした。

結婚していて子どももいるので連絡先を聞くとかそういうことは自重しましたが、もし未婚だったら確実に聞いてましたね。久しぶりにハイレベルなときめきを楽しみました。結婚していたって、むしろ結婚しているからこそ、厄介なことにならない範囲でのときめきはあって良いのではないかというのが個人的な見解です。だって、素敵な人がいたらそりゃときめきますよ。綺麗なものを綺麗だと思う素直な心はずっと持ち続けていたいです。素敵だと感じることは理性やモラルでどうにかするべき事柄ではないと思います。そう感じた後で具体的な行動を起こすか否かというのは、理性やモラルが絡んでくる事柄ですが。

2017年の最後にこんな出来事があってうれしかったです。

ありがとう、名前も知らないイケメンさん!